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【英文校閲の実際】

第1話 英文校閲者に誤解されない英文を書くために

1.はじめに

このたび、ある谷学会員の方から、英文最終報告書の書き方に関する拙著(※1)の内容を、谷学のHP上にシリーズとして公開してはどうか、との提案を受けました。この本は2008年に薬事日報社から出版され、初版1500部を完売した後、在庫切れになっており、Amazonの中古本市場では、信じ難いほどの高値がついていて入手困難になっています(ただしこの本は、大抵の製薬企業の図書室には備わっているはずです)。出版社に問い合わせると、当分再版計画はなく、版権の問題も生じないというので、シリーズ化を引き受けることにしました。

本書出版の経緯は、筆者がある企業の薬剤安全性研究所に勤務していた40年ほど昔にさかのぼります。人生にはいろいろな事件が起こるもので、原因不明の視力障害で突然左眼を失明しました。残る右眼の視力を温存するため、会社の配慮で、それまでの、勤務時間の大半を光学及び電子顕微鏡を覗く業務に代わって、その研究所で作成された毒性試験の和文および英文最終報告書案のほとんど全部(ただし予備試験と急性毒性試験を除く)を校閲する業務に代わりました。以後十数年間、多いときは年間200以上の報告書を校閲しました。この仕事を続けるうちに、気づいたことが2つありました。1つは、海外の一流英文誌の英文と比較して、日本人が書く英文は、なぜこれほど複雑で読みづらいのか、もう一つは、日本人が英文を書くとき、なぜ同じようなところで間違うのか、でした。そこで、日本人特有と思われる英語の表現や間違いを、京大式カード(後にパソコン)で収集し始めました。当時、2つの学会の英文誌のレフリーもしていたので、その投稿論文からも「間違いコレクション」ができました。肩書きが変わり、英文校閲を担当しなくなった後も、米国人専門家による校閲済みの英文報告書案を読める立場にあったので、「間違いコレクション」は更に充実しました。米国人専門家が校閲した最終報告書案は、研究責任者(以下SD)が気づかなかった誤りを、米国人専門家が修正した実例の宝庫だったからです。

定年退職も間近なある日、通勤の帰りにいつも立ち寄る本屋で、『本を書こうよ』というタイトルの本が偶然目に止まり、買って開いてみると、「人間誰でも何十年も仕事を続けておれば、自分だけの経験や知識が貯まってくる。それらをコツコツと書き貯めれば、誰でも1冊の本ぐらい書けるはずだ」、と書いてあり(※2)、自分もいつかは一人で本を書こうと思い立ちました。

定年退職後、次の勤務の傍ら、「日本人の英語の間違いコレクション」を少しずつ分類・加筆し、1冊の本の分量に達したところで「薬事日報社」に送ったところ、直ちに出版が決まり、美しい装丁の本(※1、URLの図参照)になって出版されました。定年退職の8年後のことでした。

この本は第1部~第3部からなり、第1部は主に日本語と英語の違い、第2部は日本人に特有な英語の誤りを品詞別にまとめ、第3部「実践編」では、英文最終報告書の書き方の総論と各論を書き、その最後の、「英文校閲の実際」が今回公開する部分です。SDが書いた最終報告書案を米国人の毒性試験専門家が校閲して、間違いを修正した実例を教材に、日本人が英文を書く際に間違いやすい点を解説しています。

これから紹介する例文は、誤りを種類別に分類して提示してはいません。実践編ですから、読者の皆さんは、英語の実力試験か間違い探しのクイズのつもりで例文を読み、自らの英語の実力の判定に役立てていただき、同時に、米国人による本場の英語のセンスを身につけてください。

2.凡例

これから紹介する文例と、それに関連する記事は、以下の順に配置しています。

(原文):米国人校閲者が校閲する前の、SDによる英文の原文です。文の冒頭の番号は、筆者が文章を区別するためにつけた付番なので、無視してください。

(和文):SDの英文を筆者が和訳したもので、対応する和文報告書の原文ではありません。読者には専門外の方もおられると思い、専門用語などの理解を助けることが目的です。したがって、英文に誤りがあれば、和文にもその誤りが反映されています。

(校閲後):米国人の毒性試験専門家による校閲後の文章です。校閲者が修正した部分を下線で示しています。

(解説):米国人校閲者がなぜその部分を修正したかを解説しています。修正理由を詳しく説明する紙数がない場合は、それらが詳しく書かれている文献を引用しています。

注意していただきたいことは、英語話者による校閲が済んでいるからといって、その報告書の英文が全て正しいとは限らないことです。英語話者の専門家でも、誤りを見落すこともありえますが、そのようなうっかりミスではなく、もっと深刻なケースがあります。日本人が書いた英文があまりにも酷すぎると、英語話者の校閲者がその英文を誤解して、SDが意図しなかった別の内容に修正されてしまう場合があります。最初の例文は、米国人専門家の誤解による誤修正の例から始めることにします。

3.英文校閲の実際

文例1:Materials and Methodsより。

(原文):①Urine output was recorded as the weight of urine collected in 24 hours. ②These were carried out from just after dosing on the day before measurement.

(和文):①尿量は24時間に採取された尿の重量として記録された。②これらは測定の前日の投薬直後から実施された。

(校閲後):①Urine output was recorded as the weight of urine collected over 24 hours.

②These were measured just after dosing on the day before measurement.

(解説):校閲者は、原文①の、“in 24 hours”を“over 24 hours”に修正しています。“over”は、「24時間にわたって」の意味です。なお、「24時間の間」の意味で、原文の、“in 24 hours”も誤りではないし、“for 24 hours”も使えます。これらは、校閲後の英文①の“over”を“in”や“for”で置き換えた英文をGoogle翻訳にかけて和訳すると、自然な日本語に翻訳されることで確認できます(第5項及び文末の【注意】参照)。

次に、SDによる原文②の、“These were carried out from just after dosing”が、“These were measured just after dosing”に修正されています。“carried out”は、和文報告書によく登場する、「○○検査を実施した」というような、日本人が好む文語的な表現の直訳です(日本人が様々な文語的表現を好むことは、文献1の第2部、第1項(p.71-92)に多数の例を挙げて解説しています)。米国人校閲者は文語的表現を嫌い、より簡素な“were measured”に修正しました。

校閲者は多分、日本人の英語にこの種の表現が多いので、反射的にこの修正をしたものと思われます。なぜなら彼は、この修正によって元の英文がどういう意味に変わったかを吟味していないからです。読者は校閲後の英文②の意味を考えてみてください。次のようになるはずです:

(校閲後の英文②):These were measured just after dosing on the day before measurement.

(これに対応する和文②):これらは測定の前日の投薬直後に測定された。

英文②の述語は、“were measured”(測定された)ですから、主語の“These”は複数の「尿量」ですが、尿量測定の目的は投薬が尿量に及ぼす影響の評価なので、「投薬直後に測定」は無意味であり、「測定の前日に測定」も意味不明です。このような誤った修正が起こった原因を、「米国人校閲者の不注意」で片付けるのは簡単ですが、SDの原文に、校閲者の誤解を誘発した何らかの原因が潜んでいた可能性があります。読者は、最初の、SDによる原文に戻って、どこに問題があったかを考えてみてください。

4.米国人校閲者はなぜ誤ったか?

SDによる原文はこうです:①Urine output was recorded as the weight of urine collected in 24 hours. ②These were carried out from just after dosing on the day before measurement.(下線は筆者による)。これらの英文を忠実に日本語に翻訳すると、「①尿量は24時間に採取された尿の重量として記録された。②これらは測定の前日の投薬直後から実施された。」となります。

英文①は問題ありませんが、②には大きな問題があります。英米人の常識では、一続きの2つの文章があって、後の文に代名詞が出てくれば、その代名詞は前の文の名詞の代わりに使われたものであり(だから代名詞という)、それが何を指しているかは常に自明です。もしこれが自明でない場合、例えば、前の文中に名詞が複数個含まれている場合や、前の文中には出てこない新しい名詞を主語にする場合は、英語では後の文の主語に代名詞を使うことはありません。もし代名詞を使えば、それが何を指すか、読者は推測するしかないからです。英語は日本語よりもはるかに論理的な言語なので、英米人は報告書や論文のように論理性が何よりも重要な英文を書くときは特に、厳密にこれらの文法を守って誤解を防ぎます。

さて、SDによる英文①を改めて読むと、その中に英文②の主語“These”に対応する複数形の名詞はありません。米国人校閲者は、米国人の常識に従って、英文②の主語は、英文①の単数形の主語 “urine output”の複数形と推定して、「These were measured」と述語だけを修正しました。しかし、この修正によって英文②が2重に無意味な文章になったことは前述の通りです。

5.SDは結局、何を言いたかったのか?

英文②でSDが何を言いたかったかを推定する場合、注目すべきは、SDによる原文に含まれていたのに、校閲者によって削除された前置詞“from”の存在です。SDの英文②の述語は“were carried out from just after dosing”(投薬直後から実施された)であり、主語は「尿の採取」(=24 hour urine collection)以外にありえません。SDは、この主語が、その前の英文①には含まれないのに、これを素直に英文②の主語にせず、何を考えてか、代名詞“These”を主語にしました。このような「英文」は、本場の英語の世界には絶対に存在し得ない、米国人校閲者の想像を絶する悪文なので、彼が“These”の意味を取り違えたのも無理はありません。

この例はまた、SDのものの考え方と、その基礎となっている日本語が、いかに論理的でないかを示しています(日本語の論理性の欠如については、文献3の第4章「日本語と英語の異質性②:日本語のあいまいさ」(p.97-119)に多数の例を挙げて詳細に論じています)。

以上の議論からSDが英文②で言いたかったことを推定すると、(1)24時間の尿採取は投与直後から始めた、(2) 尿量はこれら24時間尿サンプルについて、投与の翌日に測定した、の2つと推定されます。筆者がSDの英文を修正すると、以下のようになります:

(筆者によるSDの原文の修正):①Urine output was recorded as the weight of urine collected for 24 hours. ②Urine collection was started just after dosing, and urine output was measured for these 24 hour urine samples the day after dosing.

さて、上記英文は、英語話者の校閲を受けていません。この英文が米国人校閲者に誤解されない程度の英文であるかどうかは、簡単な方法で確認できます。その方法とは、第3項で触れた方法ですが、チェックしたい英文をGoogleの自動翻訳にかけて和訳したとき、自然な日本語に翻訳されるかを確認する方法です。Google翻訳(無料)は近年、英和・和英とも非常にレベル高く、筆者はデスクトップに、いつでもGoogle翻訳ができるアイコンを常設しており、自分の英文がGoogle翻訳に耐えるレベルのものかを、いつもチェックしています。筆者による上記の英文を実際にGoogle翻訳しますと、正しい日本語になり、元の英文がGoogleのAIによって翻訳可能なレベルの英文であることが分かります。一方、SDによる英文をGoogle翻訳しますと、英文①は問題ありませんが、英文②は意味不明の日本語になり、原文がまともな英文でないことが分かります。そして同時に、筆者が推奨する「Google翻訳を利用した自己校閲法」が十分に機能していることも分かります。これらの翻訳結果は、ここには引用しませんので、読者の皆さんは、演習と思って、SDによる英文の①はまともな日本語になり、英文②は無意味な日本語になることを自分の目で確認し、必要な人はこの自己校閲法を身につけてください。

なお、Googleを用いた各種の自己校閲法については、本シリーズでも実例で紹介しますが、文献1の第2部、「Googleを利用した英文校閲」(p139-167)で詳細に解説しています。

残念ながら日本人が完璧な英文を書くことは極めて困難なことです。その背景には単なる勉強不足だけでなく、科学的に計測可能な日本語脳と英語脳の機能差が関係しています(※3、第6章「日本語脳と英語脳」参照)。ただし英語話者の英文校閲者に誤解されない程度の英文を書くことは可能です。そのためには、2つの方法があり、1つは、英語話者による校閲を受ける前に、ある程度英語力のある日本人校閲者に予備的な校閲を受けることです。もう一つの次善の策は、英語話者による校閲を受ける前に、自信が持てない英文はGoogle翻訳を用いて自己校閲しておくことです。

【注意: 無料の(すなわち機密保持契約を伴わない)Google翻訳の利用に際し、注意すべきことがあります。Googleの「サービス利用規約」によりますと、ユーザーによって翻訳や検索の目的で入力されたコンテンツ(単語や文章)は、サービス向上の目的でGoogleによって自動的に検索され、利用されることがあります。したがって、コンテンツに会社名、化合物名、個人名など、プライバシーに関わる単語が含まれている場合は、入力時に、例えば化合物名の場合は「ABC-123」のような無意味な単語に置換するなどの注意が必要です。】

(第2話に続く)。

(馬屋原 宏)

引用文献

  • 1)馬屋原 宏:『誰でも書ける英文最終報告書・英語論文』、薬事日報社(2008)
  • 2)桝井一仁・小石雄一:『本を書こうよ!―サラリーマンよ、立ち上がれ!“二足のわらじ作家”デビューへの道』、同文書院(1994)
  • 3)馬屋原 宏:『日本人の英語――誰も書かなかった真実――』、薬事日報社(2016)