【英文校閲の実際】

第2話 Native speakerの言語感覚を知ろう①

校閲前文例2 Materials and Methodsより

(SDによる原文):Differential leukocyte count was conducted by microscopy after the May-Giemsa staining.

(対応する和文):白血球分類はメイ・ギムザ染色後に顕微鏡下で実施した。

(米国人専門家による校閲後の文例2):Differential leukocyte counts were determined by microscopy after May-Giemsa staining.

(解説)単数形の“leukocyte count”が、複数形の“leukocyte counts”に修正されています。この修正理由がすぐには理解できない人がいたとしても無理はありません。血液塗抹標本を1枚だけ作成し、白血球分類を1回だけ実施した場合であれば、原文のままで良いからです。しかし、毒性試験の各用量群には通常、複数の個体が含まれており、白血球分類は複数回行われるので、複数形の“counts”が正しいのです。英語は(欧米語一般も)、日本語よりもはるかに論理的に厳密な言語なので、主語の数は常に厳密である必要があります。英語では主語だけでなく、述語の動詞やbe動詞も、主語の数や人称に合わせてそれぞれ変えることによって、主語が単数か複数かが正しく相手に伝わるように二重に保証する仕組みがあり、これを数の一致といいます。この数の一致の法則は、一つの文章の中の主語と述語の数の一致だけではありません。主語が同一なら、前後の文章や、ときには離れた場所に記載された関連情報との数の一致もありえます。例えばこの例文の場合がまさにそれで、「材料と方法」の別の場所に記載された、各用量群は雌雄各何例、すなわち複数であるという情報との数の一致が働いて、例文2の主語と述語は複数形が正しいことになるのです。

英米人がものを言ったり文章を書いたりするとき、主語が何であるかよりも、むしろ主語が単数か複数かが先に情報処理されるほど、数の観念が極めて重要であると考えられます。このことは、例えば「車」について何かを言う場合、日本語では「車が来た」などと、数の概念なしに言えるのに対し、英語では主語は“A car”、“Three cars”、“Cars”などと、必ず数の概念を含んでいなければならず、数の概念抜きの“Car”が主語になることは無いことで明らかです。そして“A car”という場合、車という概念よりも、それが単数であることを示す “A”が先行しています。欧米人は名詞の数の情報処理を無意識的・自動的に行っています。これは言葉を覚え始めたときからずっとそのような訓練を積んできたからです。

ところが日本語には一般的な複数形も数の一致の習慣も無いため、日本人は通常、数の概念抜きでものを考えています。しかも日本語では、頻繁に主語が省略されます。例えば名文と言われる兼好法師の徒然草や夏目漱石の草枕の冒頭の数行の文章には、主語がほとんど、あるいは全く省かれているため、これらの文章を英語に翻訳する場合は、文章ごとに主語を補う必要があります(※1、p.18-19参照)。主語のない文章には主語と述語の数の一致もありません。

このような事情から、日本人の初心者が書いた英文には、多数の主語の省略、数の誤り、主語と述語の数の不一致が見られます。そして、文例2のように、相当英語を書きなれた人が書いた英文でも、離れた文章との数の一致までは気が回らず、数を誤ったりします。

このような問題を解決するには、日本人が英語を書いたあとで、すべての文章について、改めて意識的に主語の数と数の一致を点検する必要があります。このとき、その文章の中での主語の数、主語と述語の数の一致だけでなく、前後の文章や関係情報との関係においける数の一致まで配慮が必要です。

次に、原文の“was conducted”が“were determined”に修正されています。“was”が“were”に修正されたのは主語の数が変更された結果です。一方、“be conducted”は第1話の例文1にでてきた、“be carried out”と同様の、「○○検査を実施した」のような文語的・間接的表現の直訳です。和文最終報告書ではこのような表現が普通であり、英語でも昔はこのような重厚な表現が好まれた時代もありましたが、現代の科学英語では、「○○検査を実施した」のような重厚な間接的表現を避け、「○○を検査した」と直接表現します。この場合は動詞determine(=測定する、計る)が使えるため、“were determined”に修正されました。

次に、“by the May-Giemsa staining”の“the”が削除されています。英語では、方法を表す名詞に“the”はつけません。その直前の“by microscopy”(顕微鏡を用いて)が“by the microscopy”でないのと同様です。

日本語には冠詞がないので、日本人は定冠詞“the”や不定冠詞“a/an”の使い分けが特に苦手です。不定冠詞“a/an”の用法は、主語の数さえ分かれば判断できますが、定冠詞“the”を付ける場合と付けない場合の判断はしばしば、日本人がいくら考えても分からない場合があります。定冠詞“the”は、概して主語が「例の」、とか、「あの」に相当する、相手も知っている物を指す場合、すなわち何らかの意味で限定される名詞の前につけます。最もわかりやすい例は、“the sun”や“the earth”のような、誰でも知っていて一つしか無いものに“the”を付ける場合ですが、「一つしか無いものには“the”をつける」と思い込むと間違いのもとになります。例えば東京大学と京都大学はどちらも一つしかありませんが、東京大学の正式な英語名は “The University of Tokyo”で“The”が付きますが、京都大学は“Kyoto University”で、“the”は付きません。東京大学に“The”が必要な理由は、“The”を取り除いて見れば分かります。“University of Tokyo”は 可算名詞の“University”の数が不明なのでこのままでは英語にならず、その前にAをつけた“A University of Tokyo”は、「東京にある1つの大学」という意味になり、複数形の“Universities of Tokyo”「東京にある複数の大学」という意味になって、いずれの場合も「東京大学」を意味しません。

一方、“Kyoto University”は固有名詞なので“冠詞は付きません。

ただし、以下の名詞には、単数・複数・固有名詞の別に関わらず、慣習的に“the”を付けます:船舶・建物・鉄道・山脈・群島(諸島)・半島・砂漠・河川・海・海峡・新聞・雑誌・連邦(国家)・連合など。ただしこの規則も厳密に守られているとは限らず、例えば太平洋の「マーシャル諸島共和国」は、“Republic of the Marshall Islands”で、上の原則通り“the”が付きますが、今、中国の海洋進出で話題の「ソロモン諸島」は“The”を付けず、“Solomon Islands”といいます。

“the”の使い分けが難しい理由は、上記のように慣習的に“the”を付けたり付けなかったりするため、理屈では割り切れないからです。別の例を挙げると、“She was in hospital.といえば「彼女は入院していた。」という意味になり、“She was in the hospital.といえば、「彼女はその病院にいた」という意味になり、見舞い、勤務、外来診療など、理由に関わらずその病院にいたという意味です。彼女がその病院にいた理由が入院なら、“She was in hospital.”または“She was hospitalized.”というはずなので、入院してその病院にいた可能性は低いでしょう。

英文を書いていて、名詞に“the”を付けるべきか付けざるべきか迷った場合は、Google USAで検索して、“the”を付けた用例と付けない用例のどちらが多いかで判断できます。なお、文献1の第2部2.7項には、“the”をつけるべき16のケースと、“the”をつけない4つのケースを例文で詳細に解説しています(p113-117)。

校閲前文例3 Resultsより:

(原文):①Slight salivation was observed in one female in the 30 mg/kg group on day 14 and 6 males and 10 females in the 100 mg/kg group in weeks 2-4. ②However, this change was not considered to be toxicologically significant because of slight and transient.

(和文):①軽度の垂涎が14日目に30mg/kg群の1例に、また2-4週に、雄6例及び雌10例に認められた。②しかしながら、この変化は軽度かつ一過性であったため、毒性学的に意味がある変化とは考えられなかった。

(校閲後)①Slight salivation was observed in one female in the 30 mg/kg group on day 14 and 6 males and 10 females in the 100 mg/kg group in weeks 2-4. ②However, this finding was not considered to be toxicologically significant because it was slight and transient.

(解説):①問題なし。②“change”が“finding”に修正されています。日本人にはこの修正の理由がすぐには理解できないかもしれません。なぜなら、多くの日本人は「変化=change」と考えているからです。ところが、日本語の「変化」と英語の“change”はかなりニュアンスが異なる単語です。このことは“change”には、変更、移行、交換、両替、お金を崩すこと、(お金を崩した結果としての)小銭、おつり(つり銭)、などの意味があるのに対し、「変化」にはこれらの意味はないことから明らかでしょう。これらの“change”の意味はすべて、「全く別のものに交換する、あるいは替える」というニュアンスが強いようですが、日本語の「変化」は「元の性質から徐々に変わる」というニュアンスが強いようです。

salivation”すなわち唾液分泌の亢進は、程度の差はあっても正常動物にも見られることがあり、この所見は結局病変ではないとしているので、明白な病変を意味する“change”の使用は不適切であり、単なる「所見」を意味する“finding”に変更されたのです。

また、原文の“because of slight and transient.”が、“because it was slight and transient.”に修正されています。原文は“because of slight and transient change.”の“changeが省略されているつもりかもしれませんが、本来、“because of”の次には名詞が来るべきであり、その名詞の省略は不自然です。校閲者は“because of”の “of”を省き、“because it was slight and transient.”と、複文にすることで、changeなしで完結させており、そのほうが自然です。

(馬屋原 宏)

引用文献

  • 1)馬屋原 宏:『誰でも書ける英文最終報告書・英語論文』薬事日報社(2008)