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【英文校閲の実際】

第3話 自己校閲で英語力を高めよう

●お知らせ:前回の第2話に「Google USA」(米国版Google)による検索について記載しましたが、2022年8月末現在、米国版Google(google.com)は、日本からの利用時に、日本語版Googleに自動的にリダイレクトされるため、英語圏に限った検索ができなくなっています。最近の世界情勢の反映と思われますが、英語圏に限ったGoogle 検索は現在、次のURLから可能です:https://www.google.com/webhp?gl=us&hl=en

このサイトは米国版Googleの機能の一部ですが、本シリーズでは今後、このサイトを「Google USA」と呼び、英語圏に限った検索にはこのURLを使用します。

文例4 Resultsより:

(校閲前原文)①The other change described in Table 1 and Appendix 1 was also seen sporadically in the treatment group; ②however, this change was not considered to be treatment-related because of their infrequency or no dose-dependency.

(原文に忠実な和訳):①表1および別表 1に記載されたその他の変化もまた投薬群に散見された。②しかしながら、この変化はそれらの低頻度性あるいは無投与量依存性から、投薬に起因する変化であるとは考えられなかった。

(校閲後)①The other changes described in Table 1 and Appendix 1 were also seen sporadically in the treatment group; ②however, these changes were not considered to be treatment-related because they were neither frequent nor dose-dependent.

(解説)原文は①と②の2つの文が“however,”で連結された複文です。これら2つの文の主語と述語はいずれも単数で統一されています。ところが、②の文の最後の修飾句になって初めて、“their”という複数形の代名詞が登場し、単数形の複文が最後は複数形で終わるという、典型的「日本人の英語」になっています。SDは、主語が複数であることに、もっと早く気づくべきでした。その機会が①の文に2回もあったからです。最初は“described in Table 1 and Appendix 1”と書いたところで、「複数の表」に書かれた変化は複数だと気づくべきでした。2度目は、“seen sporadically”と書いたところで、「散見された変化」は複数だ、と気づくべきでした。SDはこれらを見逃し、単数形の述語で受けています。さらに彼は、②の文の最後の修飾句で正しく複数形の“their”を用いながら、その文の主語と述語を単数形のままに放置し、更に①の文の主語と述語も修正せずに放置するという、四重の誤りを重ねています。これから分かることは、日本人の数の感覚と数の一致の概念が見事に欠落していることです。日本人が英文を書いた後は必ず、各文章内だけでなく、主語が同じ前後の文章まで、改めて意識的に「数の一致」を見直す必要があります。

次に、原文の“because of their infrequency or no dose-dependency.”は、いかにも重厚で読みづらい文章です。校閲者は同じ内容を“because they were neither frequent nor dose-dependent.”(それらが頻繁ではなく、投与量に依存してもいなかったために)と、読みやすい英文に修正しました。日本人は平易な英文を書くことが苦手で、上記のような漢文調の重厚な表現を好むことは、文献1の第2部1.3項の2)に多数の例を挙げて説明しています(p78~81)。

文例5 Resultsより:

(校閲前原文)①Statistically significant changes were seen in some other items; ②however, all the values were within the normal acceptable ranges of physiological variability and/or were not dose-dependent.

(和文):①その他のいくつかの項目に統計学的に有意な変化が認められた。②しかしながら、全ての値は正常な生理学的変動範囲内であり、かつ/あるいは用量依存性がなかった。

(校閲後)①Statistically significant changes were seen for some other parameters; ②however, all values remained within the normal acceptable ranges of physiological variability and/or were not dose-dependent.

(解説)①“in some other items”の“in”が“for”に修正されています。ただし筆者には、原文の“in”が誤りであるとは思えません。こういう場合の筆者の常套手段は、Google検索を使って、“in”と“for”の用例数を比較することです。このとき筆者はデスクトップにショートカット表示してある「Google USA」(https://www.google.com/webhp?gl=us&hl=en)を使って検索します。その理由は、「Google USA」を使えば、英語圏に限定して検索できるため、より信頼性が高い検索結果が得られると思うからです。また、検索にはGoogleの驚くべき機能である、「フレーズ検索」または「ワイルドカード検索」を使います。「フレーズ検索」とは、半角のクオーテーションマーク ❞ でフレーズの前後をはさんで検索する方法です。普通の検索では、フレーズは複数のキーワードとみなされ、語順は無視されます。しかし、「フレーズ検索」では、語順が検索に用いたフレーズと同じフレーズだけが検出されます(このことはヒットした文献を読むと、検索に用いたフレーズが太字で表示されることでわかります)。以下、実際に「フレーズ検索」に用いたフレーズと、ヒット数を示します(「ワイルドカード検索」については後述):

1)“changes were seen in”のフレーズ検索のヒット数   5,180,000

2)“changes were seen for”のフレーズ検索のヒット数    346,000

以上の結果から、原文の“changes were seen in~”の用例が“changes were seen for~”の用例よりも10数倍も多いことから、原文の“in”が誤りではないことが分かりました。

ではなぜ校閲者が“in”を“for”に修正したかを考えますと、主語が「統計学的有意差を示した変化」であったためと考えられます。統計学的有意差というものは、データに内在するものではなく、データに人為的な処理を加えて得た確率的数値を後から(外から)データに付加したものであり、校閲者はこの、「外から」のニュアンスを持つ“for”を選んだと考えられます。

ところで、“for”には多数の意味があります。各種辞書を参考に整理すると、“for”の意味は以下の4群、18種類にまとめることができます。以下、分類とそれぞれの用例を示します::

A群:【方向】(行先・目的、宛先等)・a train for Tokyo (東京行きの列車)、・Please join us for dinner.(ご一緒に夕食どうぞ)、・a letter for you(あなた宛の手紙)

B群:【支持】(共感・適合・定格・共有・代理・交換等)・I'm for you.(私はあなたの味方です)、・That's for me.(それは私にぴったりだ)、・use coal for fuel(燃料には石炭を使う)、・She was named for her aunt.(彼女は叔母の名前にちなんで名付けられた)、

・I will go for you.(あなたの代りにfor私が行く)・a check for $30(30ドルの小切手)

C群:【関連】(関心・観点・理由・比較等)For me, music means love.(私にとって、音楽は愛だ)、・He looks old for his age.(彼は年の割には老けている)、・for the lack of funds(資金不足のために)、・Weight for weight, this is heavier.(重さではこちらが重い)

D群:【範囲】(時間・日時・距離・限度等)for 24 hours”(24時間ずっと)(→第1話参照)、・make an appointment for five o’clock(5時約束を入れる)、・for 5 miles round(半径5マイルの全域にわたれ)・for all I know (私の知る限り、恐らく)

上記例文5の“for some other parameters”の“for”は、C群【関連】に該当し、「他のいくつかのパラメーターに関して」の意味になります。

次に、原文①の“items”が“parameters”に修正されています。SDは(測定)項目の意味で“items”を使ったようですが、校閲者は測定結果(母集団)の意味で“parameters”に修正しました。

次に、原文②の“were within”が“remained within”に修正されています。ただし、原文の“were within”が誤りとは思えないので、“were within”と“remained within”の使用頻度を調べてみました。まず原文の“were within the normal acceptable ranges”をそのままフレーズ検索すると、ヒット数が非常に少ないこと、そして“were”を“remained”に置換すると、ヒット数が更に減少することが分かりました。原文の“were within”の方が用例数が多いと一応は言えますが、ヒット数が少ないため用例数の比較は信頼できません。ヒット数が少なくなる原因は、文中のthe、normal、acceptableの3つの修飾語が三重に作用してヒット数を下げているからです。そこで今度は、Googleのもう1つの驚くべき機能である「ワイルドカード検索」を使って検索してみました。「ワイルドカード検索」とは、検索の邪魔になる修飾語等を半角のアスタリスク“*”で置換してフレーズ検索する方法です。この方法を使えば、“*”部分に入る単語やフレーズは全て無視して検索されるため、ヒット数が飛躍的に増加し、信頼度が高い用例数の比較が可能です。以下、今回実際に「ワイルドカード検索」に用いたフレーズとヒット数を示します:

1)“were within * ranges”のヒット数    7,720,000,000

2)“remained within * ranges”のヒット数: 5,670,000,000

これらの結果から、英語圏では原文の“were within ~ ranges”の方が、“remained within ~ ranges”よりも高い頻度で使用されており、原文が誤りではなかったことが示されました。

以上2つの検索事例から言えることは、英語話者の校閲者がSDの原文を修正したからと言って、SDの原文が間違っているとは限らないことです。自分が書いた英文を校閲者が修正し、その理由が納得できない場合は、修正理由を校閲者に直接確認するのが最善ですが、適切な方法でGoogle検索することにより、原文が正しいか間違っているかを確認できます。

なお、英文最終報告書を書くためのGoogleを使った様々な自己校閲法に関しては、文献1の第3部、第5章の「Googleを利用した英文校閲」に詳しく解説しています(p139-169)。また「ワイルドカード検索」についても、実践例を記載しています(索引参照)。

最後に、②“all the values”の“the”が削除されています。理由は、個々の成員が特定されない複数名詞には通常、定冠詞は不要とされるためです。

(馬屋原 宏)

引用文献

  • 1)馬屋原 宏:『誰でも書ける英文報告書・英語論文』、薬事日報社(2008)