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【英文校閲の実際】

第5話 「日本人の英語」と、その種々の変種について②

次の文例9は、米国人校閲者によって、計7箇所が修正されることになる、典型的な「日本人の英語」の1例です。校閲前原文を読んで、修正が必要な点を見つけてください。

文例9 Materials and Methods, Preparation of dosing solutionsより:

(校閲前原文):① An appropriate amount of methylcellulose (Product Name, Lot No. and Company Name:省略) was dissolved in injection-grade distilled water (Product Name, Lot No. and Company Name:省略) to make 0.5 w/v% solution for the vehicle. ② An appropriate amount of ABC-123 was weighed and mixed with the vehicle using a conditioning mixer (Product Name and Company Name:省略). ③ The mixture was then diluted with the vehicle to make 4 or 20 w/v% suspensions of ABC-123. ④ The 4 w/v% suspension was then diluted with the vehicle to make 0.8 w/v% suspensions for the lower dosage levels.

(和訳):①メチルセルロース(製品名、ロット番号、製造会社名:省略)の適切量を注射用蒸留水(製品名、ロット番号、製造会社名:省略)で溶解し、溶媒用の0.5 w/v%メチルセルロース溶液を作製した。② ABC-123を秤量し、適量を調剤用ミキサー(製品名、製造会社名:省略)を用いて溶媒と混合した。③次にこの懸濁液を溶媒で希釈し、ABC-123の4あるいは20 w/v% 懸濁液を作製した。 ④ 4 w/v% 懸濁液は溶媒で希釈し、より低い(複数の)投与段階のために、(複数の)0.8 w/v%懸濁液を作製した。

(校閲後) ① An appropriate amount of methylcellulose (Product Name, 以下省略) was dissolved in injection-grade distilled water (Product Name, 以下省略) to make a 0.5 w/v% solution for the vehicle. ② An appropriate amount of ABC-123 was weighed and mixed with the vehicle using a conditioning mixer (Product Name, 以下省略). ③ The mixture was then diluted with vehicle to make 4 or 20 w/v% suspensions of ABC-123. ④ The 4 w/v% suspension was then diluted with vehicle to make a 0.8 w/v% suspension for the lowest dosage level.

(解説)①の“0.5 w/v% solution”は、原文では無冠詞でしたが、校閲者はその前に不定冠詞“a”を追加しました。水は不可算名詞ですが、溶液は可算名詞であり、“a”が必要です。

原文の②と③には問題はありませんが、原文④の文節、“to make 0.8 w/v% suspensions”は、濃度が0.8 w/v%の1種しかないのに、“suspensions”と、懸濁液を複数形にしているのは不可解です。①と同じ理由で不定冠詞“a”を追加し、“suspension”は、単数形にします。

④の最後の“for the lower dosage levels”(複数のより低い投与段階のために)は、更に不可解です。もし「複数のより低い投与段階」が事実なら、この試験は20、4 及び0.8 w/v%の3用量段階の他に、もっと低い用量段階が複数ある、極めて珍しい毒性試験になります。しかし校閲者は、0.8 w/v%が最小用量であると断定し、“to make a 0.8 w/v% suspension for the lowest dosage level.”(最小用量の0.8 w/v% 縣濁液を作成するために)に修正しました。このような試験の根幹に関わる修正は、校閲者が本試験の用量段階が3段階であり、最小用量が0.8 w/v%であったことを、「材料と方法」等で十分に確認しなければできないことです。原文にこれほど大きな誤りがあった理由としては、SDが下敷きに使用した他人の英文報告書の内容が、この試験の内容と全く違っていたことに気づかなかったか、不要な部分を削除し忘れた可能性が考えられます。

次に原文における定冠詞“the”の用法について考えます。原文①~④には、“the vehicle”(溶媒)が4回登場しますが、校閲者は、①と②の“the”を残し、③と④の“the”を省きました。

原文①の “for the vehicle”の“the”は、“vehicle”の後に「この試験で用いた」という限定が省略されていると考えれば必要性が分かります。また、②の“mixed with the vehicle”の “the”は、「前述の」溶媒と限定するために必要です。では③と④の“the vehicle”の“the”は付けると間違いでしょうか?筆者は間違いではないと考えます。理由は2つあります。1つは③と④で用いた溶媒が①と②で用いた「前出の」溶媒であること、もう1つの理由は、本試験には溶解に用いた液体が2種類あることです(最初に用いた注射用蒸留水と投与液調製用の溶媒)。③と④で用いたのは、前者ではなく後者であることを、“the”で限定することは、むしろ必要とも考えられます。しかし、米国人校閲者には、「前出の」という限定の“the”は、②で1回使えば十分であり、③と④では必要ないと感じられたようです。日本人にとって“the”の使い方が難しいことは既に書きましたが、上記もその1例のようです。

文例10 An acute toxicity study in rats, Results and Discussionより:

(校閲前原文)① Triglyceride was decreased in all males and 1 female after dosing 80 and 400 mg/kg and in all animals after dosing 2000 mg/kg. ② ABC-123 has been demonstrated to possess pharmacological action such as decrease in plasma triglyceride in the KKAy mouse and Wistar fatty rat. ③ Triglyceride changes in this study would be attributed to the pharmacological action of this compound.

④ It was concluded that no acute toxicities were seen at up to 2000 mg/kg in this study.

(和文):①トリグリセライドの減少が80 及び 400 mg/kg投薬群の雄全例と雌の1例、及び2000 mg/kg投薬群の全例に認められた。②ABC-123は、KKAyマウスやWistar fattyラットにおいて、血漿中トリグリセライドを低下させる等の薬理作用をもつことが認められている。③本試験におけるトリグリセライドの変化は、この化合物の薬理作用のためかもしれない。④本試験においては、2000 mg/kgまで、急性の毒性は認められなかったと結論された。

(校閲後)① Triglyceride was decreased in all males and 1 female after dosing 80 and 400 mg/kg and in all animals after dosing 2,000 mg/kg. ② ABC-123 has been demonstrated to possess such pharmacological action as decreasing plasma triglyceride in the KKAy mouse and Wistar fatty rat. ③ Triglyceride changes in this study could be attributable to the pharmacological action of the compound. ④ It was concluded that no acute toxicity was seen at up to 2000 mg/kg in this study.

(解説)米国人校閲者は指摘していませんが、原文①には不自然な点があります。それは、①の「トリグリセライドが80 mg/kg群と400 mg/kgの雄全例と雌1例で減少した」という記述です。雌の所見は、80及び400 mg/kg群のそれぞれ1例に認められたと受け取れますが、「それぞれ」に相当する単語がないので、雌1例に所見が認められたのは80 mg/kg群だけで、400 mg/kg群の雌の陽性数が記載漏れの可能性も考えられます。なぜなら、この所見は2000 mg/kg群では雌雄全例に認められており、薬効に基づくものと説明されているので、かなりの高用量といえる400 mg/kg群の雌に1例しか所見がないのは不自然だからです。筆者が校閲者なら、80 及び400mg/kg群の雌の陽性例数をSDに再確認し、各1例が事実なら、“1 female each”と加筆するところです。

次に、校閲者は②の原文の“pharmacological actions such as decrease in……”の“such”と“as”を切り離し、“such pharmacological actions asdecreasing……”と、名詞“decrease”を動名詞“decreasing”に修正しました。この修正の理由は、「“pharmacological action”と、その例示の相手の“decrease”が同格でないので、同格になるように “decreasing”に修正した」といえます。より詳しく説明すると、原文の“A such as B”(修正後の“such A as B”も)は例示ですが、英語の例示ではAとBが「同格」であることが求められます。原文②の比較の主体は“pharmacological actions”、すなわち「薬理作用」であり、その例示の相手は「トリグリセライドの減少」という「所見」です。薬理作用が動物に作用した結果起きた変化が所見なので、両者は原因と結果の関係にあります。すなわち両者は「作用と所見」及び「原因と結果」という二重の意味で「同格」ではありません。そこで校閲者は、比較の相手の名詞“decrease”を動名詞“decreasing”(減少させること)という「作用名」に修正することにより、比較の主体と比較の相手を共に「作用」に統一し、両者を「同格」にしたのです(下記補足説明参照)。

(補足説明)比較や例示の同格性について

前回(第4話)の文例8で、「A」が複数の場合、“A was comparable to that….”は誤りで、“A were comparable to those…”と複数形にして、比較の主体「A」と比較の相手の“those”を「同格」にする必要があると書きました。今回書いたことは、英語の例示の場合も同様に、例示の主体と例示の相手には同格性が必要なことです。日本語では普通そこまでの論理的厳密性は要求されませんが、英語を書くときには主体と比較や例示の相手との「同格性」に配慮しなければ、「日本人の英語」になってしまいます。

次に③の“would be attributed to”が“could be attributable to”に修正されています。

“would be”は未来を予想、あるいは願望を表す“will be”の仮定法であり、例えば“a would-be author”(自称作家)のように、しばしば軽蔑的な意味で使われる表現です。「~かもしれない」と言いたいのであれば、可能性を示す“can be”の仮定法の“could be”を使うべきでした。さらに、原文の“be attributed to”は、確定的に言う場合の表現なので、「~かもしれない」という場合は“be attributable to”が正解です。

次に④の原文で「毒性が何も見つからなかった」と言う場合に、SDは“no acute toxicities were seen”と、複数形にしていますが、校閲者は単数形の“no acute toxicity was seen”(毒性は何1つ発見されなかった)に修正しました。ただし、原文の複数形も誤りではないと思われます。このことはGoogle USAで以下の2つの「フレーズ検索」(※1)をしてみれば分かります:

“no acute toxicity was seen”のヒット数:  12,700

“no acute toxicities were seen”のヒット数: 2,390

すなわち、校閲者が“toxicity was seen”と単数形に修正したのは正解ですが、約6対1の少数派ながら、複数形“toxicities”を好む人達もいることがわかりました。

(馬屋原 宏)

引用文献

  • 1) 馬屋原 宏:『誰でも書ける英文報告書・英語論文』、薬事日報社(2008)