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谷学発!常識と非常識 第84話 生命の起源と進化⑭
――ヒトの進化の謎(2)

ヒトを他の動物と比較した場合の相違点を12項目選び、それらがどのように進化してきたかを考察する3回シリーズの2回目です。主に文化的な進化を取り上げます。

6.道具と武器の使用

道具の使用は類人猿や一部の鳥類にも認められます。ニューカレドニアカラスは嘴(くちばし)を上手に使って単純な道具を作ります(※1)。人類は直立2足歩行をするようになって自由になった両手を使って道具や武器を作ることが可能になりました。ヒトが発達した犬歯や鋭い爪のような、身に備わった武器を持たないことも、手に持てる武器の使用を促進したと考えられます。

ヒトの祖先が最初に使用した武器が何であったかについては諸説ありますが、人類学者リード・フェリングは、最初の武器が投石であったと考えました。彼は肉食獣が狩りに成功したとき、ヒトが集団で投石して肉食獣を追い払い、獲物を横取りしたと考えました(※2)。その根拠は、ヒトの手の親指と他の4本の指との対向性が良く、小石を掴んでうまく投げられることと、小石はどこにでもあり、加工せずに何度でも使えることです。最も古い石の鏃(やじり)は4万6千年前の旧石器時代のものですが、その時期がネアンデルタール人の滅亡(約4万年前)よりも前であることから、現生人類よりも大きな脳を持っていたにもかかわらず、ネアンデルタール人が、現生人類との生存闘争に破れて滅亡した可能性もあります(第85・86話参照)。

7.火と熱の利用

火とその熱を利用できるのはヒトだけです。火と熱の利用は、ヒトに以下のような多彩な道具や能力をもたらし、ヒトを動物とは隔絶した存在としたと考えられます:

(1) 安全と照明: 初期の人類は洞窟を棲み家にしましたが、洞窟は猛獣の棲み家でもあります。動物は火を恐れるので、火の利用はヒトに、安全で活動可能な夜をもたらしました。

(2) 暖房:火は人類の生活圏を北極圏にまで広げました。寒帯や亜寒帯に住む人類は、焚き火の熱によって、毎年の冬や、5-10万年周期でやってくる氷河時代を乗り越えました。

(3) 新たな食料:人類は固くて生では食べ難いものや、不味いものを火と調味料で調理して食料を増やし、また燻製にして保存し、冬を乗り切ったと考えられます。

(4) 農業と牧畜:最初の農業は焼き畑農業であったと考えられます。焼き畑は数年で生産力が低下しますが、耕作や灌漑や肥料の発明で本格的な農業が始まり、牧畜も始まりました。

(5) 土器と金属器:人類は火を使って土器や陶磁器や金属を作り、金属からは更に様々な祭器や農具や武器を作り、金属の武器をいち早く大量に製造した集団が古代帝国に発展しました。

8.言語の使用

音声による感情や意思の伝達は多くの動物や鳥類にも認められます。このため、ヒトの最初の言語は音声言語であり、動物の鳴き声のような単純な音声が進化して音声言語になったとの仮説があります。しかし、最近では、動物の鳴き声とヒトの言語は全く異質のものであり、ヒトの言語はまず身振り言語の「指差し」から始まり、身振り言語を補うものとして、指差したものを特定の音声で表現することから初期の音声言語が生まれたとする仮説が有力です(※3、4)。ヒトの組織や文化の発達による生活の複雑化が次第に音声言語の語彙を増やし、大脳の発達が時制や仮定法などの文法や抽象名詞を生み、宗教、思想、文学、歴史のような仮想現実(次項参照)を含む音声言語世界を発展させたと考えられます。日本語の歴史を考えれば、日本の文字言語は古代中国という漢字文明の先進国との深い接触によって日本語の漢字表記(万葉仮名)から始まり、その後ひらがなやカタカナが発明されました。すなわち、ある音声言語が対応する固有の文字言語を持つかどうかは、他の先進文明との交流の深さという歴史の偶然によって決まるものであり、世界には約6000種類の音声言語がありますが、文字言語は約400種類しかないと言われており、固有の文字言語を持たない音声言語のほうが圧倒的に多いことが分かっています(※5)

9.仮想現実の利用

ヒトが朝起きて点けるラジオやテレビのニュースや新聞記事は、誰かが現実の一部を切り取り、映像や文字情報に変換し、電波や印刷物として送られてきたものであり、それらがどれほど正確に現実を反映していようと、情報(=仮想現実)にすぎず、我々は仮想現実を現実と思い込んでいるだけです。もっとも、ヒトが自分で直接見聞きできるから現実だと信じている自分の周囲の世界も、たまたま網膜に写った現実の映像や鼓膜に起きた振動が、電気信号に変換され、神経を通って脳の視覚中枢や聴覚中枢に伝わり、そこで再現された現実のコピー(=仮想現実)を現実と思っているにすぎないのですが。

ヒトの仮想現実漬けは、幼児期から始まります。幼児が好きな絵本やアニメやテレビゲームなどは全て仮想現実です。小説(フィクション)はもちろん、教科書も、書物も、映画、演劇等も内容は全て仮想現実です。最近メタバースは仮想現実を経験できるヘッドセットを299ドルで売り出しており、SF映画の「トータル・リコール」のような、体験型の火星旅行が売り出されるのも時間の問題でしょう。

独裁者は例外なく情報統制をします。この点では2000年前の、焚書坑儒で有名な秦の始皇帝も、現代ロシアのプーチン大統領も変わりません。情報統制の目的は国民を正しい情報から遮断し、国民を為政者にとって都合の良い仮想現実漬けにして、彼らを侵略戦争に駆り立てるためです。しかし、仮想現実に立脚した独裁政権は、いつかは滅びます。ナチス・ドイツも、軍国主義日本も、ソヴィエト連邦も滅びました。

10.建設と破壊

ヒトは組織を作り、協力することで巨大な力を発揮します。原始時代のヒトは動物を狩るために小グループが協力したと思われますが、農業の開始により、ヒトはムラを作り、共同で農作業や灌漑工事をし、農業生産力の増大により商業や手工業が生まれ、ムラは都市や国家に発展し、様々な組織が生まれました。政治組織、軍事組織、行政組織、経済組織、宗教組織、教育組織、学術組織、業界団体、同好会など、ヒトはありとあらゆる組織を作って協力し、ピラミッド、万里の長城、巨大古墳などを作り、超高層ビルが林立する大都市や国際宇宙ステーションまで作りました。

しかし、人類の組織と協力は、建設だけでなく破壊にも向けられます。破壊には2種類あり、1つは意図しないで起こる環境破壊であり、もう1種は意図的な破壊行為である戦争です。

約1万年前に始まった農業革命と、約250年前に始まった産業革命は、爆発的な人口の増加をもたらし、食糧増産のため、人類は世界の森林面積を約8割も消滅させ(※6)、農耕地や牧草地や道路や都会に変えました。更に、工業化により大気汚染、工業排水や農薬、殺虫剤、プラスチックごみ等による河川や海洋の汚染をもたらし、化石燃料の大量消費が原因と言われる、地球温暖化と自然災害の急増が進行中です。

人類によるもう一つの破壊は、意図的に行われる破壊である戦争です。戦争は人類が数千年かかって営々と築いてきたもの一切を破壊して、瓦礫の山にします。戦争は最大の環境汚染でもあります(第85話に続く)。

(馬屋原 宏)

引用文献

  • 1)AFP bb News;https://www.afpbb.com/articles/-/3210119
  • 2)National Geographic:https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/091700262/?P=1
  • 3)乙黒亮:https://www.waseda.jp/inst/weekly/academics/2015/04/01/31438/
  • 4)高田英一:「手話からみた言語の起源」文理閣(2013)
  • 5)日本英語検定協会:https://www.eiken.or.jp/eiken-junior/enjoy/welcome/detail01/detail_03.html
  • 6)森林・林業学習館:https://www.shinrin-ringyou.com/forest_world/factor.php