谷学発!常識と非常識 第86話 生命の起源と進化⑯
―ヒトの進化の謎(4)

ネアンデルタール人はなぜ絶滅したか?

ネアンデルタール人とは、約40万年前にアフリカを出て、主にヨーロッパに分布し、約3万年前に絶滅した旧人の1種です。彼らの頭蓋骨は眼窩上隆起、後傾した額、長い後頭部、オトガイ(顎のくぼみ)がない下顎骨が特徴的でした(※1、2)。彼らは現代人よりも大きな脳を持ち、文化レベルは当時の現生人類と差がないか、むしろ勝っていました(※3)。彼らの絶滅の原因には諸説あり、自然に絶滅したという説と、現生人類に滅ぼされたという説の2つに大別されます。

1.ネアンデルタール人は自然に絶滅した?

自然絶滅説の1つに、人口減少説があります。一般に種の集団の個体数が一定数を下回れば、その種は絶滅する傾向があることが知られています。オランダのアイントホーフェン工科大学の研究チームは、50人・100人・1000人・5000人というさまざまなサイズのネアンデルタール人の社会を想定して人口シミュレーションを行い、ネアンデルタール人は現生人類との間に直接的な衝突や資源の奪い合いといった競争がなかったとしても、最大で1万年もあれば、高い確率で絶滅することを示しました(※4)。ただし、この仮説は、人口が5000人以下にまで減少した理由は答えていません。

ネアンデルタール人の自然絶滅説の1つに、寒冷化説があります。ジプラルタル博物館館長のクライブ・フィンレイソンは、ネアンデルタール人が氷河期の最中に絶滅したことから、寒冷化による環境変化に適応できなかったことが彼らの絶滅の原因であると主張しています(※5)。一方、体力的にも、おそらく知的にも劣っていた現生人類が生き残った理由は分布の違い、すなわち偶然にすぎないと書いています。ただし、ネアンデルタール人は過去に約10万年周期で訪れた氷河時代を何度も耐えて生き抜いており、最後の氷河期に限って寒冷化に適応できなかったという説明は、説得力に欠けます。

ネアンデルタール人の絶滅に、現生人類が間接的に関係したことを認める仮説もあります。静岡大学の稲垣栄洋教授は、ネアンデルタール人が群れで行動する性質が弱かったために絶滅したと著書に書いています(※3)。すなわちネアンデルタール人は、体重、筋肉量、大脳の体積において当時の現生人類に勝り、生活力が高かったため、群れを作らずに生活していたのに対し、体が小さく力の弱い現生人類は群れで行動する傾向が強く、狩りも集団で行い、狩りの道具類も発明後すぐに群れ全体に共有されるため、食料の獲得が効率的で、人口増加率が高かったため、両種が共存するだけで、ネアンデルタール人の食料が奪われ、結果的に彼らの絶滅が加速されたと稲垣教授は考えています(※3)

2.現生人類がネアンデルタール人を絶滅させた?

上記の自然絶滅説は、いずれもネアンデルタール人と現生人類との間に、前者の絶滅につながるような激しい闘争はなかったと仮定しています。しかし、この仮定には根拠がありません。最近、現代人のゲノム中にネアンデルタール人の遺伝子が1~数%混入していることが確認されました。交雑は必ずしも両人種間の平和的接触を意味しません。征服や女性強奪でも起こりうるからです。

スタンフォード大学の生物学者マーカス・フェルドマンは、現生人類がネアンデルタール人との生存闘争の結果、彼らを絶滅させたと考えています。彼は「2つのグループが対立した場合、人口の多い少ないとは関係なく、より発達した文明を持つグループが相手を侵略し、打ち負かすことができる」という仮説を立て、数学モデルを用いてこれを確認しています(※6)

ペンシルヴァニア州立大学名誉教授で古人類学のパット・シップマンは、家畜化されたイヌがネアンデルタール人の絶滅に大きな役割を果たしたとの仮説を著書で提唱しています(※7)。すなわち、約7万年前に現生人類がアフリカを出て中東や欧州に進出したとき、そこは先住民族のネアンデルタール人の縄張りでした。当時の人類は洞穴に住んでいましたが、洞穴は猛獣の棲み家でもありました。現生人類はイヌを使ってそれらの猛獣を狩るとともに、ネアンデルタール人も狩るか追い払うかしたため、彼らは次第にテリトリーを奪われ、絶滅したと説明しています(※7)

一方、慶應義塾大学理工学部の荻原直道教授らは、化石頭骨の中に収まっていた脳の形態を、数理工学的手法に基づいて精密に復元する方法を開発し、ネアンデルタール人と、同時代のホモ・サピエンスの脳の各部位の容積を比較した結果、意外な事実を明らかにしました(※8)。すなわち、

(1) ネアンデルタール人と早期ホモ・サピエンスの化石頭骨を、それぞれ4個体分復元した結果、これまでの一般的理解とは逆に、脳全体のサイズには大きな違いがなく、ネアンデルタール人の小脳は当時のホモ・サピエンスよりも相対的に小さいことを世界で初めて明らかにした。

(2) 後頭葉はネアンデルタール人のほうが大きい傾向があり、前頭葉には両者間に差がなかった。

(3) 小脳は運動機能に重要な役割を持つが、近年の研究により、認知機能との関わりも示されており、小脳の全脳に対する相対的な容量が大きいほど、言語生成や理解、ワーキングメモリ、認知的柔軟性といった高度な認知的・社会的能力も優れていることを示すデータもある。

以上から荻原教授らは、一時期共存していたネアンデルタール人とホモ・サピエンスの間の脳機能に違いがあったことが、環境に適応する能力の差を生み出し、結果的にネアンデルタール人が絶滅し、現生人類が生き残った可能性があると主張しています(※8)

更に、イスラエルのヘブライ大学の歴史学者、ユヴァル・ハラリは、ネアンデルタール人と現生人類との出会いに関して、著書「サピエンス全史」の第1章に、次のように書いています(※9)

「寛容さは(ホモ・)サピエンスのトレードマークではない。近代や現代でも、肌の色や方言、あるいは宗教の些細な違いから、サピエンスの1集団が別の集団を根絶にかかることが繰り返されてきた。古代のサピエンスが、全く異なる人類種に対して、もっと寛容だったなどということがあるだろうか。サピエンスがネアンデルタール人と出会ったとき、人類史上初の、最もすさまじい民族浄化作戦が行われた可能性が十分にある」。

彼は、同書の第4章に、上記仮説の状況証拠となる多数の化石学的根拠を挙げています。現生人類が7万年前にアフリカを出て世界中に進出したとき、彼らが新大陸や新地域に到達すると必ず、そこで繁栄していた大型動物の殆どが絶滅しています。例えば4万5000年前、現生人類がオーストラリア大陸に進出してから数千年以内に、体重50kg以上の大型動物24種のうち、23種が絶滅しました。また、ユーラシア大陸では、ネアンデルタール人が絶滅したほか、マンモス、マストドン、ライオン、サイ、オオツノジカ、などが絶滅し、更に、1万4000年前に現生人類が初めてシベリアから北米大陸に渡ってから2000年以内に、マンモス、マストドン、サーベルタイガー(剣歯虎)、巨大ライオン、巨大ナマケモノなど、南北両大陸の大型動物の殆どが絶滅しました。これらの状況からハラリは、「人類は最も危険な種である」と断定しています(※9、第4章)

人類が大量絶滅させた種は大動物だけではなく、約1万年前からの農業革命で、人類は世界の森林や熱帯雨林の約8割を伐採して牧場や耕作地に変え、そこで繁栄していた無数の植物類、小動物類、鳥類、爬虫類、両生類、昆虫類等を絶滅させました。この大量絶滅は現在も進行中です。

ネアンデルタール人の絶滅の原因は、第85話で人類が今なお戦争をやめない理由を説明するために用いた、「敵対するヒトはヒトにとっての最悪の天敵である」という仮説で説明できます。すなわち、約40万年前にネアンデルタール人が初めてアフリカからヨーロッパに進出してから約33万年間、彼らは自分たちで争わない限り天敵がいない平和な生活を謳歌できましたが、約7万年前に遅れてアフリカからやってきた現生人類は、ネアンデルタール人にとって最悪の天敵となり、この新しい天敵との数万年間に渡る熾烈な生存闘争に敗れてネアンデルタール人は絶滅したと説明できます。(生命の起源と進化シリーズ終わり)

(馬屋原 宏)

引用文献

  • 1)近藤修:http://hotozero.com/knowledge/baton_2_neandeltar/
  • 2)日経サイエンス:https://www.nikkei-science.com/page/magazine/0007/neander.html
  • 3)稲垣栄洋:「敗者の生命史38億年」、PHP研究所(2019)
  • 4)gigazine :https://gigazine.net/news/20200103-human-didnt-wipe-out-neanderthals/
  • 5)クライブ・フィンレイソン:「そして最後にヒトが残った ネアンデルタール人と私たちの50万年史」、上原直子 訳、白楊社(2013)
  • 6)マーカス・フェルドマン: https://www.huffingtonpost.jp/2016/02/11/the-reason-neanderthals-went-extinct_n_9214620.html
  • 7)パット・シップマン:「ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させた」河合 信和【監訳】/柴田 譲治【訳】、原書房(2015)
  • 8)慶応大学:https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/files/2018/5/2/180502-1.pdf
  • 9)ユヴァル・ノア・ハラリ:「サピエンス全史」、柴田裕之訳、河出書房新社(2016).