谷学発!常識と非常識 第88話
 ネオダーウイニズム(進化の総合説)に挑戦した「不均衡進化論」(その2)

(前回のあらすじ) 古澤満博士は生物が進化する性質と進化しない性質を併せ持つことに注目し、どのようなシステムであればそれが可能であるかを思考実験した。その結果、単細胞生物が分裂・増殖する際に、一方の娘細胞が必ず正確に複製された親の表現型を受け継ぎ、もう一方の娘細胞は必ず変異が付加されたゲノムを受け継ぐことを代々反復すれば、これらの相反する性質を併せ持つことが可能であることを見出した。彼はこのシステムを「元本保証の多様性創出」と名付け、生物界が、多細胞生物を含め、このシステムに従っていることを示した。

ここから話は後半部に入ります。古澤氏の次の目標は、「元本保証の多様性創出」を実現するメカニズムを実在の生物の中に発見することに向けられました。彼はDNAの複製機構そのものの中に「元本保証の多様性創出」のメカニズムが内蔵されていることを見出し、この知見を基に画期的な新しい進化論を着想し、「不均衡進化論」と名付けて公表しました1-3)。以下、彼が用意した「不均衡進化論モデル1」と「同モデル2」を用いて、「不均衡進化論」を紹介します。

1.不均衡進化論モデル1」:「連続鎖・不連続鎖モデル」

下の図はヒトを含む真核生物が持つ直鎖状の二本鎖DNAにおけるDNA複製過程を示します3)。

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DNAの複製は親DNAの3’末端(図の左下)から始まり、複製鎖は開裂と同じ方向に連続的に伸長します。これは、①複製鎖は5’→ 3’の方向にしか伸長できない、②複製鎖の冒頭にはプライマーと呼ばれる短鎖RNAの結合が必要、の2つの制約があり、3’末端にプライマーが結合することで複製が始まるからです。このように、複製が先行し、開裂と複製の進行方向が一致するDNA鎖をリーディング鎖(先行鎖)または連続鎖と呼びます。一方、図右下の5’末端では、開裂が少し進んだ地点にプライマーが結合して複製が始まり、複製鎖は5’末端方向に伸長します。このように開裂と複製の方向が反対で複製が遅れて進むDNA鎖をラギング鎖または不連続鎖と呼びます。ラギング鎖では開裂が少し進むたびにプライマーが結合して次々にDNA断片が逆向きに複製され、多数のDNA断片(岡崎フラグメント)が形成され、プライマー部分がDNAに置換され、順につなぎ合わされて複製が完了します。

ラギング鎖の特徴は、その複製の工程数がリーディング鎖に比べ、極端に多いことです。ラギング鎖では、大腸菌を含む原核細胞ではゲノムDNAを1,000~2,000塩基対に分割し、ヒトを含む真核細胞では100~200塩基対に分割して複製するので、つなぎ合わされる岡崎フラグメントの数は、塩基対数が数百万の大腸菌では数千となり、DNA量が多いヒトでは数百万に達します。岡崎フラグメントの複製には、①プライマーの合成、②プライマーの複製開始点への結合、③岡崎フラグメントの複製、④プライマーの除去とDNAへの置換、⑤1つ前の複製済みDNA断片との接続、の5工程をフラグメントごとに繰り返す必要があり、結局、ラギング鎖の複製の工程数は岡崎フラグメントの数の5倍となり、大腸菌では約1万、ヒトでは、約1千万のオーダーに達します。これに対し、リーディング鎖の複製の工程数は、大腸菌では①~④の4工程だけで済み、多細胞生物でも①~④の4工程を染色体の数だけ反復すればよく、ヒトの場合でも200工程以下です。このように両鎖の工程数の違いは圧倒的で、これだけ工程数が多いと、ラギング鎖には特有の複製ミス(変異)が多発する可能性があり、ラギング鎖の突然変異発生率はリーディング鎖の10-100倍高いようです3)。

古澤氏は、変異がほとんど発生しないリーディング鎖の複製を通じて祖先型のゲノムが長期保存され(すなわち「元本保証」され)、一度に多数の変異が発生するラギング鎖では「進化の実験」(すなわち多様性の創出)が可能になると考えました3)。「進化の実験」の意味は、リーディング鎖による複製で祖先型ゲノムの存続が保証されているため、ラギング鎖でどのような変異が発生しようとも、その個体が滅びることはあっても、種の存続が脅かされることはなく、自然があらゆる突然変異を試すことができる、という意味です。

2.不均衡進化論モデル2: 「混合複製酵素モデル」

下の図は大腸菌のゲノムDNAの複製様式を示します3)。大腸菌DNAは環状であり、複製は左上拡大図中央の複製開始点から、左右両方向に向かって進行し、両方の複製前線が出会う点で完了します。大腸菌DNAの複製は、まず酵素ヘリカーゼがDNAを開裂させ、左右に2個ずつあるDNA複製酵素(○)が新しいDNA鎖を複製していきます。拡大図の右上と左下の複製DNA鎖は、1本の長い矢印が示すように、変異が殆ど生じないリーディング鎖であり、左上と右下の複製DNA鎖は、分割された矢印が示すように、開裂とは逆方向に、断続的に複製され、変異が多いラギング鎖です。

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このモデルでは、複製された2本の環状DNAは、共にリーディング鎖とラギング鎖を含むので、「元本保証の多様性創出」は成立しません。しかし、大腸菌のDNA複製酵素(群)には通常、複製の誤り(変異)を修正する酵素イプシロン(ε)が結合しており、このεが誤った塩基の挿入を検知すると、複製は中断され、酵素エキソヌクレアーゼが働き、その誤った塩基1個を除去し、複製酵素が正しい塩基対に修正するため、変異率は通常、極めて低くなります。しかし、左上の拡大図が示すように、4個のDNA複製酵素のうちの1個(赤丸)は、εが付着しない欠陥複製酵素であったと仮定すると、2個の正常な複製酵素(灰丸)が複製した上のDNA鎖に生じた変異は修正され、ゲノムは祖先型【0】になるのに対し、赤丸の欠陥酵素が複製に関与した下のDNA鎖は、ラギング鎖部分に生じた多数の変異の一部が修正されずに残ります。図はこの場合の大腸菌の3代目までの家系図を示しており、この場合、変異が殆どない祖先型細胞【0】の子孫と、変異が多く入った子孫細胞【A,B.C,D,E,F,G】の両方を作り出せるので、「元本保証の多様性創出」が可能になります。

古澤氏はこの「モデル2」の妥当性を確認するため、大腸菌を用いた実験を行いました。通常の温度ではεがDNA複製酵素に結合しにくい大腸菌株を用いて、εが付着しない(欠陥)複製酵素が適当量存在する条件下でこの大腸菌株を培養したところ、4種類の抗生物質を過飽和に加えた培地でも平気で増える菌株が短期間で得られました。この結果から彼は、この実験条件下でこの株の突然変異率が大きく上昇し、耐性菌への変化、すなわち試験管内での進化が加速されたと考えました。また、変異率が上昇したにもかかわらず、この大腸菌株が死滅しなかった理由は、リーディング鎖のDNA複製によって、元本(祖先型ゲノム)の存続が保証されていたからであると考えました3)。

ところで、生物が自発的に突然変異を多発させる能力を持つことは、既によく知られています。それは抗体産生細胞(B細胞)が抗体の多様性を天文学的レベルに高めるために行う「体細胞超突然変異」です。この現象は正確には複数の遺伝子群の自発的な再構成ですが4)、ラギング鎖における突然変異の多発も、岡崎フラグメント単位の一種の遺伝子再構成を含む可能性があります。

これらの結果から古澤氏は、「親のDNAから複製される2本の複製DNAの間に存在する突然変異の数の大きな不均衡が、何億年も進化しない超保守性と、進化し続ける超革新性という、相反する2つの性質を生物にもたらす」との内容の「不均衡進化論」を着想し、公表しました1-3)。

なお、「不均衡進化論」は主に大腸菌の環状DNAの複製方式から着想された仮説であり、そのまま多細胞生物に適用することはできません。ただし多細胞生物にも、リーディング鎖とラギング鎖が存在し、また第87話第4項で確認したように、生物界は多細胞生物を含め、表現型に関して、「元本保証の多様性創出」のシステムに従っているので、多細胞生物にもそのための具体的な仕組みが存在すると考えられますが、多細胞生物には多細胞生物に特有な表現型の多様化の仕組みが存在しており(例:有性生殖による雌雄の遺伝子の混合や、相同染色体の乗り換えなど)、これらを含めた「元本保証の多様性創出」の仕組みは、まだ解明されていません。

3.「不均衡進化論」の意義と他の進化論に及ぼす影響

「不均衡進化論」の第1の意義は、生物には突然変異を多発させるメカニズムが内蔵されていることを初めて明らかにしたことにあります。従来の「進化の総合説」では、カンブリア爆発のような「進化の加速現象」を説明できませんでしたが、「不均衡進化論」では、「ラギング鎖に固有な突然変異の多発」で説明できます。また、総合説では、生物の進化を、一定の頻度でランダムに発生する突然変異の蓄積によって生じた個体変異と、その自然選択によって説明しますが、この説明は、何億年、あるいは何十億年も全く進化しない生物が無数に存在する事実と矛盾すると思われます。その点「不均衡進化論」では、「進化しない生物」の存在を、「リーディング鎖によるDNA複製が、祖先型のゲノムを忠実に複製し、代々の子孫に伝えるからである」と、合理的に説明できます。

「不均衡進化論」のもう1つの意義は、この進化論が、これまでダーウインの進化論やその改良版の「進化の総合説」とは相容れないという理由で否定されてきた幾つかの進化論を復活させる可能性を生み出したことです。例えば、1971年にS.J.グールドとN.エルドリッジによって発表された「断続平衡説」は、「進化は均一な速度で進むのではなく、環境変化などに際して比較的短期間に爆発的な種の分化が起こり、それ以外のかなり長い期間、種は安定期にあった」と主張しました。この「断続平衡説」には多くの化石学的な証拠があるにも関わらず、突然変異は一定の頻度で起こることを大前提とする「進化の総合説」とは相容れないという理由から、これまで否定されてきました。しかし、古澤氏の「不均衡進化論」が生物には突然変異の頻度を高める仕組みが内蔵されていることを示したことから、今後「断続平衡説」が再評価され、復活する可能性があります。また、生物の主体的進化の可能性を示唆した「今西進化論」が復活する可能性もあります(今西進化論については「常識と非常識」第79話参照)。

(馬屋原 宏)

引用文献

  • 1)Furusawa, M., and Doi, H.: Promotion of evolution: disparity in the frequency of strand-specific misreading between the lagging and leading DNA strands enhances disproportionate accumulation of mutations. J. Theor. Biol. 157, 127–133. (1992).
  • 2)古澤満:「不均衡進化論」筑摩書房(2010)
  • 3)古澤満:バクテリアから生きものの基本を探る:進化は一瞬で起きる-体内に宿る進化の力:JT生命誌研究館、https://www.brh.co.jp/publication/journal/031/ss_5
  • 4)NS遺伝子研究室:抗体の多様性:http://nsgene-lab.jp/technology/antibody/
  • 5)Snedeker, J., Wooten, M. and Chen, X.: The Inherent asymmetry of DNA replication. Annu. Rev. Cell Dev. Biol. 33: 291-318 (2017). doi: 10.1146/annurev-cellbio-100616-060447