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谷学発!常識と非常識 第89話 目に見える進化①
―細菌の進化

世論調査によれば、米国人の過半数が進化論を受け入れるようになったのはごく最近と言える2015年のことです。その前の2004年の調査では、まだ過半数の米国人が進化論を信じないと回答していました1)。彼らが進化論を信じない理由として挙げるのは、進化論が旧約聖書の内容と矛盾するという、宗教原理主義的な建前が多いのですが、進化には何百万年といった長年月が必要とされ、自分の目で進化が確認できないから、あるいは、進化は実験的に確認できないからという理由を挙げる人も多いようです。進化するには世代の交代を重ねる必要があるので、文字通り目の前で進行する進化を目撃することは無理ですが、「目に見える進化」を、「1人の研究者が生涯のうちに確認できる進化」と定義するならば、「目に見える進化」の例をいくつも挙げることができます。また、進化を実験的に確認した例もあります。以下、そのような進化の例を4回にわたり紹介します。

1.細菌の進化

細菌のような単細胞の原核生物は、多細胞生物と比較して、はるかに短期間で進化します。その理由は2つあります。1つは細菌の1世代が、短いものでは15~30分と、例えばヒトの1世代の約25年と比較すると、数万倍も早く世代が交代するからです。もう1つの理由は、分裂して増殖する細菌は、全ての個体が生殖細胞でもあるため、全ての変異が子孫に伝わり、生存に有利な変異は直ちに子孫の繁栄につながるので、進化速度が早くなります。これに対し、多細胞生物には体細胞と生殖細胞があり、生殖細胞の変異だけが子孫に遺伝します。更に、生存に有利な個体変異を持つ個体が自然選択されて集団内で多数を占めるには多くの世代を重ねる必要があり、結果的に多細胞生物の進化には長年月を必要とします。

抗生物質に耐性を持つ細菌(以下耐性菌)の出現は菌の増殖に不利な環境に適応するための細菌の進化とみなすことができます。したがって抗生物質の市販開始から耐性菌の出現までの期間は、細菌の進化の速度を反映しています。そこで主な抗生物質の発売から耐性菌の出現までの年数を調べて表にしてみました2,3)

表:主な抗生物質の発売から耐性菌の出現までの年数(注)
抗生物質名 発売年 耐性菌の名称 耐性菌出現年 必要年数
ペニシリン 1943 ペニシリン耐性肺炎球菌等 不明 不明
メチシリン 1960 メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA) 1962 2年
バンコマイシン 1956 バンコマイシン耐性腸球菌等 1986 30年
カルバペネム等 1987 カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE) 1993 6年

(注:抗生物質の発売年が国ごとに異なり、また、耐性菌が出現したと
判断する基準が報告者間で統一されていないため、耐性菌の出現までの年数は大凡の目安にすぎません。)

細菌の進化が2~30年で起こるといえば、細菌の進化は多細胞生物の進化よりも圧倒的に早い印象を受けます。しかし、進化するには世代を重ねる必要があるので、進化の速度の比較は進化に要する絶対時間ではなく、進化に必要な世代数で比較すべきと思われます。大腸菌の1世代を30分と仮定すれば、1日は48世代(24☓2)、1年は17,520世代(365☓48)に相当します。ヒトの1世代を25年として大腸菌の2年をヒトの世代年数に換算すると、約88万年(17,520 ☓2☓25)に相当し、同30年はヒトの約1,300万年(17,520☓30☓25)に相当します。したがって、世代数比較では、大腸菌の進化速度がヒトの進化速度よりも特に早いとは言えません(ヒトの進化速度については、常識と非常識第83~86話を参照)。

2.レンスキーの大腸菌を用いた長期進化実験

カリフォルニア大学のレンスキー教授は、単純な実験系を用いて進化を研究することを決断し、1988年に大腸菌を用いた長期の進化実験を開始しました。この実験の目的は、短時間で世代が交代する大腸菌を用いて、自然状態での進化を実験室内で再現することでした。方法は、同一株に由来する2株の大腸菌のクローンを各6本のフラスコ中の標準培養液で長期間継代培養し、それらに起こる突然変異と進化を検出し、記録し続けることでした4)。この実験はレンスキーが1992年にミシガン州立大学に、更に2022年にテキサス大学オースティン校に転勤したときや、止むを得ない事故等で何度か中断されましたが、継代は35年以上、77,000世代以上にわたって継続され、分株により、現在では南極大陸を除く世界の5大陸で継代が続いています4)

実験のプロトコルには、この実験の信頼性を高め、万一実験が事故や研究室の移転で中断されても、研究を継続できるための様々な工夫が凝らされています。例えば、実験には同一株に由来する2株の大腸菌のクローンが、各6本、計12本のフラスコの標準培養液で震盪培養されました。これらの2株は寒天培地上でそれぞれ白色と赤色のコロニーを作りますが、色が異なる2株の菌が選ばれた理由は、集団間のクロスコンタミや雑菌の混入などの事故が起きたときに検出し易くして、12の細胞集団の独立性を保つとともに、進化などの変化の検出を容易にするためでした。継代は毎朝、前日からの24時間(約20世代相当)に増殖した大腸菌を、12本のフラスコからそれぞれ100分の1ずつ採取し、各1本の新しいフラスコに移し、計12本の培養を継続しました。各集団を毎日、100倍に薄めた理由は、菌が培養液中で増えすぎて栄養が不足したり、菌が過密になリ過ぎて余計な生態学的ストレスが菌に加わらないようにして、結果の解析を容易にするためでした。また、75日ごと(約500世代に相当)に、新しいフラスコに移されなかった残りの各集団の一部が、グリセロールと混合され、複数のバイアルに分注され、冷凍庫に保存されました。これは、完璧な凍結アーカイブを作成するためであり、事故や研究室の移転等で実験が中断されても、アーカイブから実験を継続することができ、また、世界のどこにでも菌集団を出荷して、どの継代数からでも、試験を再開することを可能にするためでした4)

3. 進化は必要がなくても起きる?!

レンスキー実験の開始から15年が経過した2003年(60,000世代経過後)に、ブドウ糖をカロリー源とする12の野生型菌集団のうちの1集団だけに、クエン酸塩をカロリー源とする集団が進化しました5)。この進化までに経過した約60,000世代は、ヒトの約150万年(60,000 ☓25)に相当し、やはり世代数比較では大腸菌の進化の速度はヒトと比べて特に早いとはいえません。 レンスキーはその後更に驚くべき事実を発見しました。クエン酸塩をカロリー源として使用できるように進化した1集団を含む6つの細胞集団に、突然変異率が約100倍に高まる「超突然変異状態」が出現じたのです5)。レンスキーはインタビューで次のように述べています:

「バクテリアは、クエン酸塩を使用できるように進化した後、クエン酸の使い方が下手だったので、その能力を改善する多くのチャンスが生まれたということです。」5) この説明は、レンスキーが、「クエン酸塩を利用する変異が起きたこと(以下、イベントAという)が原因となって超突然変異状態が起きた」と説明しているようにも受け取れます。しかし、以下の3つの理由から、そのような因果関係はないと考えられます。第1に、超突然変異状態が出現した集団は全部で6集団ありましたが、他の5集団は65,000世代まで追跡してもイベントAは起きていないので、イベントAが原因で超突然変異状態が起きたとは考えられないことです。第2に、レンスキーは「イベントAが起きた後に超突然変異状態が出現した」と語っていますが、この順序に疑問が残ります。これらのイベントは共に60,000世代経過後に起きたと記されており、これらがほぼ同時期に起きていることです5)。これらが同時期に起きていたとしても、超突然変異状態の検出には集団の突然変異率(一定期間に起こる変異の数)を算出する必要があり、測定に一定の期間を置く必要がある上に解析にも時間がかかるため、イベントとして記録される時期は、イベントAよりも後になる可能性が高いと考えられます。第3に、突然変異率が100倍に高まる超突然変異状態がイベントAという突然変異を生じたとしても因果関係的に自然ですが、その逆は因果関係的にもメカニズム的にも説明がつかないことです。以上の3つの理由から、超突然変異状態が先に始まり、その状態がイベントAという突然変異を生じた可能性が高いと考えられます。

レンスキーは、この「超突然変異状態」の出現のメカニズムに関して何も説明していませんが、第88話で、古澤氏の「不均衡進化論」を知った我々はこの「超突然変異状態」の出現のメカニズムを説明できます。すなわち古澤氏は「大腸菌のラギング鎖の突然変異率はリーディング鎖の10~100倍高い」と記載し、そのメカニズムを、「ラギング鎖の変異修正酵素εの異常により、突然変異の多発状態がもたらされる」と説明しています。レンスキーが発見した大腸菌の「超突然変異状態」における変異率が「通常の約100倍」であり、古澤氏の「ラギング鎖の突然変異率の最大値」と一致しており、これらが同一現象である可能性が高いことを示唆しています。すなわち、レンスキーが発見した「超突然変異状態」は、古澤氏が記載したラギング鎖のDNA合成酵素に付着していた変異修正酵素εの異常による「高突然変異状態」である可能性が高いと考えられます。

レンスキー実験では、野生型の大腸菌は、標準培養液のブドウ糖をカロリー源として生きていけたにもかかわらず、クエン酸塩をカロリー源として利用できる突然変異を起こしました。レンスキーは、大腸菌が必要もないのに起こしたこの「進化」を「進化の独創性」と呼び、次のように述べています:

『わたしにとって、長期実験から得た教訓のひとつは、どれほど退屈で単純な環境であっても、生命は豊かで興味深いものになりうるということです。進化がこのような多様性を生み出し、やっと通り抜けられるくらいの少し開いたドアを発見できたという事実は、進化の見事な独創性を示しています。時間と空間、ともにこんなに取るに足らない規模のシンプルな環境で、生命がこれほど独創的・創造的になりうるのだとしたら、自然のなかではどんなことになるのかを想像してみると、畏怖の念を感じるばかりです5)。』

(馬屋原 宏)

引用文献

  • 1)日経ビジネス:米国で進化論を信じる人が過半数超え(2019.7.26)
    https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00059/072400117/
  • 2)薬剤耐性菌の歴史・変遷;https://amr.ncgm.go.jp/medics/2-1-1.html
  • 3)医療現場での耐性菌増加:https://amr.ncgm.go.jp/general/1-3-1.html
  • 4)JoVE Journal, Genetics. Daily Transfers, Archiving Populations, and Measuring Fitness in the Long-Term Evolution Experiment with E.coli. https://app.jove.com/t/65342
  • 5)30年間「進化」を目撃してきた生物学者、リチャード・レンスキーが語る「生命の独創性」
    https://wired.jp/2017/03/31/richard-lenski/