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薬学雑談

くすり(10)アロマターゼの特性とその阻害薬

名古屋市立大学薬学部 土井孝良

女性ホルモンは卵胞ホルモン(エストロゲン)と黄体ホルモンからなる。エストロゲンはエストラジオール、エストロンおよびエストリオールで、子宮、乳腺、膣、卵管などの発育促進作用を有する。活性の強さはエストラジオール>エストロン>エストリオールの順である。

アロマターゼはアンドロゲンをエストロゲンに転換するステロイド代謝酵素の一つ(CYP19)で、チトクロームP-450スーパーファミリーに属する。アロマターゼは10個のエクソンから成るが、タンパク質に翻訳されるのはエクソン2から10である。エクソン2の上流には少なくとも9つの異なるエクソン1が存在し、それぞれ独自のプロモーター領域を有する。いずれのエクソン1から転写が開始された場合も、スプライシングでエクソン2に接続されるため、合成される酵素タンパク質は全く同一となる。しかし、転写制御はエクソン1ごとに異なる。従って、それぞれ特定のエクソン1を使用してアロマターゼを発現している種々の臓器では、この多重エクソン構造がアロマターゼ遺伝子を特徴づけている1)

エストロゲンの生理機能の解明にはアロマターゼ欠損症が大きな役割を果たした。この欠損が生児として生まれるという発見は、胎盤性エストロゲンが妊娠分娩に必須であるとするこれまでの常識を覆した。アロマターゼ欠損症は患児の母親が妊娠中に男性化症状を示したことで発見された。妊娠中は母体の血中エストロゲンが著明の上昇するのが正常であるが、この母親の値は正常者の1/100以下であった。これは胎児副腎が合成する大量の副腎性アンドロゲン(DHEA)に起因すると考えられた。DHEAは弱い男性ホルモン作用を有することから硫酸抱合体(DHEA-S)になることでホルモン作用を失って血中に放出される。DHEA-Sは胎盤に達すると、胎盤に発現している一連の代謝酵素によりDHEAを経てテストステロンまで転換される。テストステロンはアロマターゼによりエストロゲンに転換され、水溶性が増して血中に流れる。正常胎盤には充分量のアロマターゼが発現しているので、テストステロンはすべてエストロゲンに転換される。一方、アロマターゼ欠損児では胎盤でのエストロゲンへの転換が起こらないため、テストステロンが母親と胎児の血中に放出されて男性化をもたらす。この患児では、アロマターゼ遺伝子エクソン6とイントロン6との間のスプライシングコードに一塩基置換が生じていることが明らかになった。その結果、イントロン6の一部がエクソン6とエクソン7の間に挿入されたmRNAが作られ、29アミノ酸残基がアロマターゼに挿入されていた。患児はこの変異のホモであり、両親はヘテロであった1)

マウスなどのヒト以外の多くの動物は、副腎からのアンドロゲン分泌はほとんどなく、胎盤におけるアロマターゼの発現は重要ではない。しかし、マウスの雌の新生仔における生殖結節肛門間距離の短縮などのある程度の男性化徴候の発現などは認められるようだ。一方、ヒトを含む一部の霊長類では副腎から大量のDHES-Sが分泌されるためアロマターゼによる解毒が必要となっている1)

乳がんの約70%はエストロゲン依存性であり、閉経後の乳がん治療ではアロマターゼ阻害剤が第一選択とされている。アロマターゼ阻害薬はステロイド性阻害薬および非ステロイド性阻害薬に分類される。ステロイド性阻害薬はアロマターゼの基質結合部位に競合的に作用し酵素阻害する。非ステロイド性阻害薬はその骨格にトリアゾール環を有し、アロマターゼのヘム鉄への分子状酸素の配位をトリアゾール環の窒素原子が競合することで可逆的に阻害する2)。臓器や発がん組織におけるアロマターゼの発現制御は多様であり、種々のP450のヘム環境も異なる。アロマターゼ阻害薬の新規開発には、有効性や副作用の改善余地まだまだあると考える。

乳がん患者のアロマターゼ耐性獲得に関し、AhR(ArylHydrocarbon Receptor)やアロマターゼの一塩基多型(SNP)よりもCYP1A2のSNPと相関するという臨床研究が報告された3)。乳がんは世界の女性のがん罹患率が最も高いがんである。今後の研究の進展が期待される。

  • 1)生水真紀夫: 埼玉医科大学雑誌、32, 59 (H17)
  • 2)生水真紀夫: 薬局、68、62(2017)
  • 3)M.Simonsson et al.: BMC Cancer, 16, 256 (2016)
    (日本薬科大学教育紀要(5巻、93、令和元年)に掲載された原稿を改変した)