悼文 五十嵐俊二博士を悼む

馬屋原 宏

 製薬協医薬品評価委員会 基礎研究部会の元部会長、五十嵐俊二博士が 2013 年 10 月 10 日、急逝されました(享年 77 歳)。謹んで哀悼の意を表します。
五十嵐博士は、1993-1996 年度の製薬協 基礎研究部会の部会長を担当され、各種 ICH 毒 性試験法ガイドラインの作成や普及のため、部会内に多くの分科会やプロジェクトを組織され、活動結果を多数の論文として公表、あるいは基礎研究部会活動報告書として残され ました。ここに五十嵐博士のご業績の一端を紹介し、記録に留めさせていただきます。
五十嵐俊二博士は、1936 年富山県に生まれ、59 年富山大学薬学部卒業とともにエーザイ 株式会社に入社され、薬理研究所に所属、82 年に同社筑波研究所薬理系室長、84 年に同社 研究一部部長、87 年に同社安全性研究部部長に就任されました。この間、西ドイツ KNOLL 社研究所に 1 年半留学され、70 年には東北大学医学部で医学博士号を取得されています。
五十嵐博士は、その後文京区小石川のエーザイ本社に移られ、製薬協基礎研究部会の活 動に参加され、副部会長、部会長を歴任されたほか、1998 年には名古屋で開催された日本 トキシコロジー学会第 25 回学術年会会長の重責を果たされました。
五十嵐博士が製薬協基礎研究部会部会長に就任された 93-96 年ごろは、先代の菊池康基 部会長時代に引き続き、各種 ICH 毒性試験法ガイドラインの作成がそのピークを迎えてお り、五十嵐部会長はその持ち前の組織力・統率力を遺憾なく発揮され、部会員のエネルギーを結集し、厚生労働省に協力して、各種毒性試験法ガイドラインの作成や普及に多大の成果を挙げられました。五十嵐部会長が特に精力的に貢献された分野は、トキシコキネテ ィクス(TK)でした。毒性試験における毒性の発現やその程度を血中薬物濃度との関係で 定量的に把握し、ヒトの副作用発現の予測に役立てる TK は、今でこそ常識となっています が、当時はまだ殆ど実施されていませんでした。その理由は、特に小動物の毒性試験では、
使用動物数が大幅に増加すること、及び微量の血中薬物濃度の測定には高価な質量分析機 器の使用が必要であるため、新薬開発コストの急騰を招くためでした。しかし TK はヒトの 安全性を合理的に予測するために不可欠であることから、1994 年に ICH において TK ガイ ダンスが合意に達し、1996 年から日本でも毒性試験の TK が義務化されました。
TK ガイダンスの成立の経過は、津田充宥・大野泰雄両先生による優れた総説1)に詳しい ので省略しますが、この総説には、五十嵐博士による TK に関する論文 6 報2-7)と、当時 TK を担当していた基礎研究部会第4分科会の活動報告 3 報8-10)が引用されていることか らも、TK ガイダンスの作成と普及に五十嵐部会長と基礎研究部会がいかに大きく貢献した か分かります。
五十嵐博士はまた、優れた数学的感覚をお持ちで、氏の業績は TK 評価におけるデータの 対数変換の重要性や、毒性試験データの統計学的評価方法3-5、11)にも及んでいます。
五十嵐博士は、業務以外にテニスや油絵制作などのご趣味も楽しまれましたが、98 年にト キシコロジー学会の年会長の重責を果たされた後、一切の業界活動から退かれ、ご定年後は油絵制作に専念されました。氏は銀座周辺やご在住の所沢市などで個展やグループ展をたびたび開催されましたが、氏が最も愛された画題は故郷富山の山々、特に立山連峰と剣 岳であり、屋内では四季の花々でした。氏は 2013 年 8 月 18 日から 1 週間、有楽町の鉄道 会館において個展を開催されました。「故郷の山々」25 枚、「四季の花」25 枚、計 50 枚の大 個展でしたが、これが氏の生前の最後の個展となり、2 ヶ月も経ず永眠されました。合掌。

引用文献

  1. 津田充宥、大野泰雄:ICH トキシコキネティクスガイダンスの意義とその実際-より 安全な医薬品の開発を目指して-. 国立医薬品食品衛生研究所報告、115. 1-14 (1997)
  2. Igarashi, T.: The use and abuse of toxicokinetics: What does actual data tell researchers? Drug Info. J. 28: 285-293 (1994)
  3. Igarashi, T.: The rationale for using logarithmic transformation of concentration data: A comment on statistical evaluation of toxicokinetic data. Drug Info. J. 28: 191-194 (1994)
  4. 五十嵐俊二、矢部友邦、野田耕世: トキシコキネティクス試験の目的、デザインと統計 解析:日本製薬工業協会の事例データベース 102 例の解析結果について.第5回日本 毒性学会サテライトシンポジウム(福岡)“毒性試験の国際化と今後の課題”予稿集 pp. 38-44 (1996)
  5. Igarashi, T., Tomobe, T., and Noda, K.: Study design and statistical evaluation of toxicokinetics: A report of JPMA investigation of case studies: J. Toxicol. Sciences, 21, 497-504 (1994)
  6. Igarashi, T .and Sekido, T.: Case studies for statistical analysis of toxicokinetics data. Regulatory Toxcol. Pharmacol., 23: 193-208 (1996)
  7. 五十嵐俊二: ファーマコキネティクス手法の医薬品毒性試験への応用. ファルマシア 、 30: 596-600 (1994)
  8. 製薬協医薬品評価委員会基礎研究部会第4部会:トキシコキネティクス試験における 薬物濃度測定の現状と今後の問題点に関する調査.部会資料 No. 66 (1995)
  9. 製薬協医薬品評価委員会基礎研究部会第4部会:トキシコキネティクスの円滑な導入 のための GLF 上の留意点とバリデーションの進め方.部会資料 No. 76 (1997)
  10. 製薬協医薬品評価委員会基礎研究部会第4部会:トキシコキネティクスに関する 調査結果報告.部会資料 No.82 (1997)
  11. 榊 秀之,五十嵐俊二,池田高志,今溝 裕,大道克裕,門田利人,川口光裕,瀧 澤 毅,塚本 修,寺井 裕,戸塚和男,平田篤由,半田 淳,水間秀行,村上善記,山田雅 之,横内秀夫:ラット反復投与毒性試験における計量値データ解析法,J. Toxicol. Sci., 25, pp. 71-81 (2000)

(謝辞:本追悼文を記すにあたり、故五十嵐俊二博士に関する情報をご提供いただきました エーザイ株式会社の青木豊彦安全性研究部部長に深く感謝いたします。)