谷学発!常識と非常識 第30話 「前立腺がんはなぜ治りやすいのか?」

(文献1より引用)
全てのがんの中で、増加率トップで増えているのが前立腺がんです。私自身も4年前に前立腺がんと診断され、1昨年放射線治療を受けた体験があります。第29話で紹介したように、前立腺がんは10年生存率が最も高く、従って最も治療しやすいがんといえます。私の体験をもとに、その理由を考えてみました。
1.がん発見の経緯
前立腺がんが発見された経緯は、勤務先の定期健康診断の際に、オプション(自費)で受けた前立腺特異的抗原(PSA)検査の値が7.8(正常範囲は4.0以下)と異常値であったことが発端でした。すぐに近くの大病院で精密検査を受け、最終的には、前立腺の針生検試料の病理組織検査によって、10本中3本にがん細胞が発見されたことで、前立腺がんの診断が確定しました。
2.治療の経緯
前立腺がんの治療にはホルモン療法、手術、放射線治療などがあり、病院からは手術を勧められました。しかし、当時その病院の前立腺がんの手術は開腹手術から腹腔鏡手術に切り替えられたばかりで、まだ数例しか実績がなかったこと、私がまだフルタイムの在職中であったこと、また次男(放射線治療専門医)の助言もあり、後日放射線治療をすることを前提に、当面はホルモン療法でしのぐことにしました。実は30年以上も前のことですが、私には前立腺がんのホルモン療法剤リュープリン(LH-RHアンタゴニスト)の3か月製剤の開発に病理組織検査の責任者として関係した経験があり、ヒトの前立腺がんのホルモン治療に関してもある程度の知識がありました。この3か月製剤は、本来は毎日注射する必要があるリュープリンを、90日に1回の投与で済むようにした徐放剤です。ラットを用いた毒性試験で、リュープリン3か月製剤を皮下投与した後の皮下組織の変化を病理組織的に6ヶ月後まで追跡観察した経験を持つ私は、問題がないことを知っていたので、リュープリン3ヶ月製剤の投与を安心して受けることができました。投与を受けていた2年間、3ヶ月毎にPSAの値がモニターされましたが、常に検出限界以下でした。
ただし、ホルモン療法は根治療法ではないので、いずれは根治療法を受ける必要がありました。2年後に退職して時間的余裕もできたので、次男が勤務する「神戸低侵襲がん医療センター」において放射線治療を受けました。治療の前にはX線CT、MRI、胃カメラ、大腸カメラ、骨シンチグラフィー(99mTc- MDP/HMDP)検査など、がんの転移がないこと、特に前立腺がんが転移しやすい骨への転移がないことを確認するために、徹底的な検査を受けました。
治療は通院で、1回数分間のX線照射を、週末を除く毎日、2ヶ月間、合計39回受けるという面倒なものでした。治療後も3ヶ月に1回、PSA値のモニターを続けていますが、2年近くが経過した現在も検出限界付近です。
このように、前立腺がんの場合は、早期発見や治療に都合の良い、以下のような特徴が揃っているために生存率が高いと考えられます:
① がんが転移する前の早期発見につながる検査方法がある(PSA検査や針生検)。
② 健診時のオプション検査や、人間ドックなどで、早期発見が可能である。
③ ホルモン療法、手術、放射線療法など、有効な治療法が複数あり、選択肢が広い。
第29話で挙げた、中等度以上の治りやすいがんには、多かれ少なかれ上記の3つの特徴があると考えられます。次の第31話では、膵臓がんはなせ治りにくいのかを考えます。
(馬屋原 宏)
1)日本新薬: https://otoko-jishin.com/factor/difference.php