谷学発!常識と非常識 第31話 「膵臓がんはなぜ治りにくいのか?」
膵臓がん患者の10年生存率が5%しかないことを第29話で紹介し、第30話で治りやすいがんの条件を考えました。今回はその反対に、治りにくいがんの代表である膵臓がんについて、なぜ治りにくいのかを調べてみました。その結果、膵臓がんには早期発見や治療を妨げる以下の3つの特徴があり、前立腺がんの場合の真逆であることが分かりました。また、この状況は当面変わりそうにないことも分かりました。
1)膵臓がんは早期発見が難しい
膵臓がんは早期の段階で自覚症状が出ることはまれです。しかも現段階では膵臓がんの早期発見につながるような検診用の検査法はありません。このため厚生労働省の指定する「がん検診」には膵臓の検査は含まれていません。検診時に糖尿病でない人の血糖値が急上昇したり、有料のオプション検査で膵臓がんの腫瘍マーカーや血中膵酵素の異常値から膵臓がんが疑われる場合もありますが、膵臓がんがあってもこれらが高値を示さないこともあり、また他の病気によって高値を示すこともあります。黄疸や灰白色便が現れると、まず疑われるのは肝臓や胆のうの異常ですが、実際には膵臓の中を通る総胆管を進行した膵臓がんが圧排・閉塞する結果これらの症状が現れる場合があります。ある程度以上の大きさの膵臓がんはFDG-PET検査で発見可能ですが、直径1~2センチ以下のがんや、びまん性に広がるがんの発見は困難で、費用も10万円以上かかり、健康保険が使えないので、検診向きではありません(※1)。
2)膵臓がんには有効な治療法がほとんどない
最も普通の治療法は手術ですが、その理由は膵臓が腹部の深いところに位置することと、膵臓がんが発見されたときには既に周辺の組織にも広がっていることが多いため、放射線治療には適さないからです。膵臓全体を切除(全摘)すると、インシュリンや膵液が途絶し、糖代謝障害(糖尿病)、消化吸収障害、脂肪肝などが起こるので、通常は膵臓の一部を残します。がんが膵頭部(上図参照)を中心にある場合は、十二指腸、胆管、胆のうを含めて膵頭部を切除する「膵頭十二指腸切除術」を行います。がんが胃壁や付近の血管にまで広がっている場合は、これらの一部も含めて切除します。切除後は、残した膵臓を小腸に縫い合わせ、膵液が小腸に流れ出るようにし、同様に胆管と小腸、胃と小腸及び血管をつなぎ合わせます。このように、膵臓がんの手術は周辺の臓器をいくつも巻き込む、消化器外科手術の中でも最も難しく時間がかかる手術です。しかも、患者負担が少ない腹腔鏡手術は、現時点では膵臓の手術には推奨されていません。
3)治療後も再発が多い
進行した膵臓がんや、高齢の患者では手術ができないため、抗がん剤治療を行ないます。
しかし、がんの進行や転移を止めることは困難です。手術ができた場合でも手術後に補助療法として抗がん剤が使われますが結果は同様で、結局、5年生存率が9.3%、10年生存率は5%です。
以上をまとめますと、膵臓がんが治りにくい理由は、早期発見も、治療も、再発防止も難しいという、治りにくい悪条件が全て揃っているからです(※2)。
そこでこの状況を変えるような画期的な検査法や、新しい治療法はないのか調べてみました。
4)最新の膵臓がんの検査法
膵臓がんの最新の検査法の1つに超音波内視鏡検査(EUS)があります。通常の超音波検査では、体の外からエコー像を撮りますが、膵臓は腹部の奥深いところにあるため、膵臓の手前にある皮下脂肪、胃や腸の中の空気、内蔵脂肪などが邪魔してエコー像をとらえにくいという欠点がありました。新開発の「超音波内視鏡」は内視鏡先端部に超音波振動子とエコー受信装置を備えており、膵臓に近い胃や十二指腸から超音波検査ができるため、膵臓のより鮮明なエコー像を確認できます。
更に先進的な検査法が「膵管腔内超音波検査法」(IDUS)です。内視鏡の鉗子口(上図参照)から押し出す極細径タイプのプローブの先端に超音波振動子とエコー受信装置を備えており、このプローブを十二指腸乳頭部(主膵管の十二指腸への出口)から主膵管へ挿入し、膵臓の内部からより鮮明なエコー像を撮ることによって、膵臓がんのより早期の発見が可能です(※3)。
5)最新の膵臓がん治療法
2017年5月、本庶佑京都大学名誉教授の免疫チェックポイント理論に基づいた膵臓がん対象の抗体医薬ペンブロリズマブ(抗PD-1抗体)が米国で承認されました。ただしこの免疫療法は、予め検査で選ばれた、全膵臓がん患者のうちの、2%の患者だけに有効と推定されています(※3)。しかも薬価が数百万~数千万円/年/がん患者という高額になると予想されています。
一方、筑波大学と産業技術総合研究所のグループは、安価なポスト抗体医薬となる膵臓がん治療薬を開発中です。膵臓がん幹細胞の表面に強く発現している糖鎖構造と特異的に結合するレクチン(糖鎖結合性タンパク質)rBC2LC-Nを、緑膿菌の外毒素(PE38)を抗がん薬として結合させたレクチン-薬剤結合体(LDC)は、シャーレ上の膵臓がん細胞株に対して、既存の抗体-薬剤結合体(ADC)の1000倍強力な抗がん効果を示しました。このレクチンには赤血球凝集作用がないため安全に投与でき、マウスの様々な膵臓がんモデルの治療に成功したといいます。ただし、非臨床段階の候補化合物が無事臨床試験を終えて市場に出る確率を考えると、まだ楽観はできません(※4)。
以上紹介した膵臓がんの最新の検査法や治療法の現状から、将来膵臓がんの10年生存率は年々改善されるでしょうが、他のがんの生存率も向上するので、膵臓がんの生存率が最低という今の状況は残念ながら当面変わりそうにありません。このような状況のもとで、更に画期的な膵臓がんの治療法の開発が始まろうとしています。(第32話に続く)。
(馬屋原 宏)
1)鈴木天之:http://www.nmp.co.jp/member/fdg2/clinical/pdf/r16.pdf
2)中山祐二郎:https://news.yahoo.co.jp/byline/nakayamayujiro/20180109-00080269/
3)オリンパス:https://www.onaka-kenko.com/various-illnesses/biliary-tract/biliary-tract-
cancer/02.html
4)産業技術総合研究所:http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2017/pr20170926/pr20170926.html