谷学発!常識と非常識 第36話 細菌の免疫の仕組み

(文献1より引用)

   「免疫の仕組み」といえば、抗原、抗体、T細胞、B細胞、マクロファージ、多種のサイトカイン類などが絡む複雑なシステムを思い浮かべる人が多いでしょう。免疫システムは高等動物だけに備わった高度に進化したシステムであると考えられてきました。この「常識」を打ち破る衝撃的な事実がこの10年ほどの間に明らかにされました。それは、生命誕生以来数十億年の間、ほとんど進化していないと考えられてきた細菌が、1個の細胞の中で全てが完結する極めて精巧な獲得免疫システムを持つという事実です。ここで細菌の免疫システムを取り上げる理由は、この細菌の免疫システムが、次の第37話以後に取り上げるゲノム編集と関係しているからです。

1.細菌が獲得免疫システムを持っていた!

   細菌の天敵の一つはバクテリオファージです。月面着陸船のような形をしていて(上図)、細菌の表面に「着地」すると、頭部にあったファージ遺伝子(DNA)を細菌の体内に注入します。ファージ遺伝子は細菌の体内でファージを増殖させ、やがて大量のファージが細菌を破って出てきます。これでは細菌がファージに一方的にやられっぱなしのように見えます。ところが細菌はファージなどの侵入に対抗するために、精巧な獲得免疫システムを進化させていました。

2.CRISPRとは何か

   この免疫システムで重要な働きをしているのがCRISPR(クリスパー)システムです。その最後の「R」はRepeat(反復するもの)の頭文字で、その前の5文字はそれを修飾する5つの単語の頭文字です。CRISPRは細菌のゲノム上にある反復する断片的なDNA領域を指し(下図参照)、「反復クラスター」とも呼ばれます。歴史的にはCRISPRの特徴をもつ塩基配列領域の存在は大阪大学の石野良純博士らにより初めて報告されました(1987年)(※2)。当時はその機能は不明でしたが、その後同様の配列領域が真正細菌・古細菌に広く見られることが報告され、2002年にその構造的特徴からCRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat、集積した、一定の間隔を置いた、短く、回文的な、反復するもの)と命名されました。
   CRISPRが「細菌の獲得免疫機構」の一部であることが確認されたのは発見から20年後の2007年でした。CRISPRは下の図のように、「スペーサー配列」と「リピート配列」という2種の要素の繰り返しから構成されています。これらはいずれも数十塩基対程度の長さで、リピート配列はどれも同じ塩基配列なのでリピート(反復)配列と呼ばれます。一方、スペーサー配列は同じ間隔(スペーサー)を挟んで配列しているのでスペーサー配列と呼ばれますが、配列される断片は1つ1つ異なる塩基配列を持ちます。この異なる塩基配列が実は過去にその細菌を攻撃したファージやプラスミドのDNAの一部であるという驚くべき事実が明らかにされました(※2)。
   CRISPRの上流にはリーダー配列とCas遺伝子群(CRISPR-associated genes)が存在します。
   下の図は細菌が天敵の遺伝子の一部を新しいスペーサー配列として自らのゲノムの1部に組み込み、保存する仕組みを示しています。細菌にファージやプラスミドのDNAが侵入すると、Cas1タンパク質が外来DNAの特定部分(PAM)を認識してその上流の数十塩基対を切り取り、これをスペーサーではさんで自身のCRISPR領域の上流に新しいスペーサー配列として挿入します。この情報が細菌のゲノムの一部として保存され、天敵の攻撃の「記憶」となります。

CRISPR/Casシステムによる新規スペーサー獲得機構(文献3より引用)


3.細菌の外来ゲノム排除の仕組み

   下の図は、細菌が再び外敵に攻撃されたとき、この過去の記憶をどのように使って天敵のゲノムを排除するか、すなわち細菌の獲得免疫の仕組みを示します。

外来ゲノム排除機構 (文献3より引用)

   外敵が再び侵入してきたとき、その新規情報を含むCRISPR領域は転写されて一連のpre-crRNA(CRISPR由来RNA前駆体)となり、Cas-タンパク質複合体によって切断されて多種類のcrRNA(CRISPR由来RNA)となります。crRNAは別のCasタンパク質Cas9と複合体を形成し、ウイルスのDNA上で自らと相補的な配列部分を探索して結合し、これを切断・除去します。
   以上が細菌の獲得免疫システムですが、この話は人類を含む地球上の全生命の運命にも影響する、とんでもない方向に発展します。次の第37話では、このシステムを用いたゲノム編集技術を取り上げます。

(馬屋原 宏)

1)生物教材製作所:http://soilshop.webcrow.jp/papeclftfageT4.html
2)Wikipedia CRISPR: https://ja.wikipedia.org/wiki/CRISPR
3)京都大学大学院医学研究科:http://www.tmd.ac.jp/grad/bac/CRISPR.html