谷学発!常識と非常識 第41話 卵子の加齢について ~少子化の隠れた要因の一つ?~

3.卵子の加齢

3.1 卵子の数の変化

将来、卵子となる細胞「卵原細胞」は、22週目の胎児の卵巣中に500~700万個程すでに存在しています。卵原細胞は、その後少しずつ目減りして、最終的には200~300万個位に落ち着きます。その後、卵原細胞は作られることはなく、逆に変性・吸収によって、その数を減少して行きます。 生き残った卵原細胞は、卵子となるために成長して、卵母細胞へと成長します。

ヒトでは出生時に左右の卵巣に、それぞれ約20万個の卵母細胞(減数第一分裂前期の状態のまま)が存在しています。卵母細胞はこの状態で卵胞に包まれて、長い休眠期を過ごすことになります。

出生から思春期になるまでの間に、多くの卵母細胞は変性を起こして20~30万個位まで減少し、毎月排卵する頃には数万個にまで減少しています。生殖可能な年齢になると、毎月数十個の卵胞が発育を開始しますが、その中から一個の卵胞が自動的に選択され発育をつづけ排卵されます。その他の卵胞は縮小し閉鎖卵胞となり吸収されてしまいます。

最終的に、女性は一生の中で約300〜400個の卵子を排卵することになります。

図2.卵子の発生・成熟過程における諸問題 (原図)

3.2 休眠中の卵子に何が起こっているのか?

卵母細胞は長い休眠中に、図2に示すような外的(放射線、化学物質)、内的(時間経過、各種ホルモン)要因、さらには他の様々の要因によって、卵子の受精や卵割の能力の低下や、減数分裂時の染色体不分離の頻度の上昇などが生じることになります。

表3.母体年齢別のおおよその自然妊娠率、流産率、染色体異常発生率

 

表3に母体年齢別の自然妊娠率、流産率、及び染色体異常発生率のおおよその数字をお示しします。具体的には、ダウン症などの染色体異常疾患の出産リスクは、20代の女性では1/1200程度ですが、30代では徐々に増え、35歳を過ぎると急激に上昇することが知られています。また、30歳までは自然妊娠率は25-30%、流産発生率は10%ですが、35歳以降では妊娠率は急激に低下し、流産率は逆に上昇します。これらのデータは、卵子の加齢による悪影響が、35歳以上で急速に高まることを示唆しています。一方、20代では卵子の加齢の影響はほとんど見られません。

・染色体不分離の増加の原因:前報の2.5.2項で、卵母細胞の減数第一分裂中期では、紡錘糸と動原体との接続・結合が不安定のために、染色体不分離が起こりやすいとの、理研の研究成果を紹介しました7)。

このグループでは、更に老化した卵母細胞についても研究を進めています。Sakakibaraら(2015)9)は、老化マウスの卵母細胞の減数第一分裂の過程をライブイメージング技術で撮影し、個々の染色体の動きを追跡しライブ解析を行いました。その結果は、染色体の配分エラーの80%が、二価染色体から一価染色体への分離を経た後に起こることを示していました。分離してできた一価染色体のセットは、染色分体が均等あるいは不均等に早期配分される傾向がありました。さらに、ヒトの卵母細胞でも、早期配分される傾向を持つ一価染色体を見出しています。

この研究は、二価染色体が一価染色体に早期分離することが、老化に依存した染色体の異数性を引き起こす主要な要因であることを、明らかにしたと言えます。

3.3 加齢卵の臨床応用のリスク

卵巣中の原始卵胞は、胎生期から出生以降も減少し続けて閉経に至りますが、閉経期直前になっても1,000個程度の卵胞が残存しているそうです。近年、これらの残存卵胞を取り出して体外培養することで、ある程度卵子を成熟させることが可能になり、早発閉経や高齢不妊の治療に応用されるようになりました。このニュースは、40歳前後の子のいない女性や夫婦には朗報でした。

その反面、加齢卵を用いる治療リスクについて、日本産婦人科医会(日産婦)からは驚くべきデータが発表されています。朝日新聞デジタル8)によると、横浜市大先天異常モニタリングセンターが日産婦所属の約330施設の調査結果を分析した結果、ダウン症の出生は2011年1万人当たり13.6人で1995年の2倍、ダウン症が理由とみられる人工中絶数も10年前と比べて倍増したそうです。その原因としては、高齢妊娠の増加によるものとしています。

これらのことは、加齢卵子を卵成熟させることは可能でも、老化した卵を若返させることは不可能なことを示しているものと言えるでしょう。

 

 

参考資料

8.馬屋原宏 私信.「減数分裂の中断」2018. 2. 28.

9. 朝日新聞デジタル「ダウン症児の出生、15年で倍増 330病院調査から推計 高齢妊娠増が背景に」2014.4.14.

10. Y. Sakakibara, S. Hashimoto, Y. Nakaoka, A. Kouznetsova, C. Höög, T. S. Kitajima, 2015. Bivalent separation into univalents precedes age- related meiosis I errors in oocytes. Nature Communications. 6: 7550.

〇 前回の宿題と答え

文末になりましたが、前回の宿題の解答をお示しします。

卵母細胞が成長過程で減数分裂を中断し休眠するのは何故か?

1. 哺乳動物の卵母細胞は、減数第一分裂の前期という時期に分裂を長期間休止するのは何故か?

2. 分裂再開後、受精に至るまでの間に、再度分裂を中断するのは何故か?

3. 減数第一分裂中期に、紡錘糸と動原体の結合が極めて不安定な時期が生じ、染色体不分離を起こしやすいのは何故か?

これを宿題としてお出ししました。皆さん、お分かりになったでしょうか。実は、私も結論に至るまでに大分悩みました。いろいろ調べたり、親しい方にそれとなく聞いたり。その中で、馬屋原さんのお考えが、私の考えを強くサポートし、頭の中のモヤモヤを吹き飛ばしてくれました8)。 以下がその答えです。

「減数分裂の中断は、遺伝子突然変異や、染色体異常を積極的に増やすための仕組みであり、これらは進化に役立ってきた」

減数分裂及びその中断は。前回お示ししたように、あらゆる動物種において、有性生殖のために必要な過程であり、有性生殖の目的は遺伝的多様性を爆発的に増す事にあります。 そして、減数分裂の中断は明らかに遺伝子や染色体の不安定化に役立ち、その結果として、遺伝的多様性を増す事になります。即ち、進化に役立ってきたからこそ、あらゆる動物の発生過程にその過程が見られる、と考えることができます。

現代的に考えれば、ヒトの極端な晩婚化によって、実際の生殖に使われる卵子の減数分裂の中断が何十年にもなり、その分、突然変異やダウン症のような染色体異常を持つ個体が確実に昔よりは増えるのは困った現象です。しかし、晩婚化は、ここ数十年間に顕著になった現象で、現代人だけの、特に先進国に顕著に見られる極めて特異な現象であり、ヒトの生み出した文化が、動物としてのヒトとの間に生みだした矛盾であると考えられるでしょう。

ちょうど、ヒトの長い饑餓時代には役に立っていた効率的に脂肪を溜め込む能力が、今の飽食時代に寿命を縮める方向に働いているのと同じような矛盾と思われます。 皆さん、納得して頂けたでしょうか。

異論のある方もいらっしゃると思います。大いに議論しませんか。

(菊池康基)