谷学発!常識と非常識 第45話 日本の平均気温の謎(1):東京が寒くなった話

温暖化とは平均気温の上昇ですから、温暖化を話題にする場合、平均気温の定義を理解する必要があります。実は平均気温の定義や実際の算定方法は決して単純ではありません。以下「特定の1地点の平均気温」、「日本の平均気温」、「世界の平均気温」の定義を順に見ていきます。

1. 特定の1地点の平均気温

「特定の1地点の平均気温」とは、同じ場所、例えば東京の同じ場所で毎正時に気温を測定し、1日分24個の数字の平均をその日の平均気温と定義し、1ヶ月分の毎日の平均気温の平均をその月の平均気温、各月の平均気温の平均をその年の平均気温と定義します。この定義は単純で何の問題もないように思えますが、実はそうではないことを物語る興味深いエピソードを紹介します。

ちょっと古い話になりますが、2014年10月30日の産経ニュースは『寒くなる東京 計測値「大手町→北の丸公園」移動で最低気温1.4度低下の不可思議』というちょっと変わった見出しのニュースを報道しました(※1)。気象庁が同年12月2日から東京の気象の測定地点を従来の千代田区大手町の気象庁本庁構内の露場(ろじょう)から直線距離にして約900メートル西の北の丸公園の露場へ移転するのに伴い、今後の東京の年最低気温が従来よりも1.4度低下することを報じたものです。
上の写真(文献1より引用)は、北の丸公園の露場です。露場とは気温や雨量の測定のための小さな緑地をいいますが、気象庁が定めた一定の環境条件を満たしている必要があります。

2.東京の気温測定地点の移転の理由とその結果

気象庁の発表資料(※2)によれば、気温等の測定場所を移転した理由は大手町地区の都市開発計画による気象庁の庁舎の虎ノ門地区への移転に備えるためでした。移転準備の一環として、気温等のデータの従来の測定データとのすり合わせのため、新旧両地点で2年間の同時平行気象観測が行われました。その結果、測定場所の移転に伴い、今後の東京の気象データに以下の7項目の変化が生じることが判明しました:

  • 1)年平均気温は約0.9℃低下、
  • 3)日最低気温は約1.4℃低下、
  • 4)相対湿度は⽐率にして約5%上昇、
  • 5)夏日(最高気温が25℃以上)、真夏日(最高気温が30℃以上)、及び猛暑日(最高気温が35℃以上)がそれぞれ1-2日減少、
  • 6)熱帯夜(ここでは日最低気温25℃以上)が年平均27.8日から11.3日と、16.5日減少、
  • 7)冬日(最低気温が0℃未満)が年平均5.8日から20.5日と、14.7日増加。

天気予報の際に本日の気温は平年より何度高いなどと表現しますが、この平年値とは過去30年間の平均値です。しかし北の丸公園の過去30年分の気温データはありません。そこで過去の大手町の気温データと平行測定の結果から、北の丸公園の過去30年分の気温を推定し、これを平均した「新平年値」が作成され、従来の東京(大手町)の平年値はこの「新平年値」に更新されました(※2)。具体的には、2年間の平行測定の結果から両地点の月別または日別補正値を求め、旧地点の平年値の統計期間(1981〜2010年)の観測値にこれらを加算して新地点で観測した場合の月及び日平均気温を推定し、30年分の推定値の平均から新平年値が算出されました。過去の熱帯夜の日数や冬日の日数のような個別の極値は補正されず、両地点の記録はいずれも「東京」の記録として使用されます。したがって、北の丸公園が温暖化して現在の大手町の気温を超えない限り熱帯夜の日数などの温暖化と関連する過去の記録は当分破られることはなく、逆に冬日が急に増えて、東京はこの測定場所の移転によりあくまでも数字の上だけのことですが「寒冷化」したことになります。

3.測定地点の移転による東京の気温低下の理由

測定地点が900メートル移動しただけで東京の気象データがこれほど「寒冷化」した理由を考えてみましょう。手がかりになるのは、この移転によって最も大きく変化した、上記6)の熱帯夜の日数と7)の冬日の日数です。これらはいずれも3)の、移転による「日最低気温の1.4度低下」の結果生じた変化です。すなわち温暖化が進んだ大手町では夜間の気温が夏は25度以下に下がりにくく、冬は0度以下に下がりにくかったのに対し、北の丸公園では日最低気温が平均1.4℃低いために、夏は熱帯夜が大幅に減り、冬は冬日が大幅に増えたのです。
測定場所が移転したことで明らかになったこの東京の平均気温の低下のデータは実に貴重です。平均気温に対する都市化の影響が何から生じるかを極めて明確に示してくれたからです。気温測定用の露場には一定の設置基準があるので、気温に影響したのは露場自体の違いではなく、露場周辺の環境の違いです。大手町の露場の周辺の環境を一言で言えばコンクリートジャングルです。この露場は首都高速道路に接しており、付近には駐車場や立ち並ぶ高層ビルがあります。これらの人工建造物は、昼間は太陽熱を吸収し夜間に放出して夜間の気温を下がり難くします。また、オフイス街の冷暖房や照明、エレベーターやエスカレーター、集中する人や車や物流は排熱を放出します。一方北の丸公園の露場はその名が示すように旧江戸城の1角にあって、千鳥ヶ淵などのお堀で市街地から隔てられた森林公園の中にあり、付近にはビルも駐車場も交通の激しい舗装道路もありません。森の中が涼しいのは誰でも知っていますが、これは木の葉が太陽エネルギーを吸収して光合成に使用するだけでなく、太陽光線を遮って日陰を作り地面の気温上昇を防ぎ、木の葉や舗装されない地面からの水分の蒸散が気化熱を奪うからです。北の丸公園の気温が低い理由は要するに露場の周囲の環境が森林であることと、熱源となる人工構造物がほとんどないからです。
それでは、北の丸公園なら平均気温への都市化の影響は全く無いといえるでしょうか?

4.東京ヒート・アイランド

左の図(文献3より引用)は東京近辺の熱帯夜(日最低気温が25度以上)の日数を等高線(白点線)と段階的赤色で表したものです。東京の湾岸地帯を中心に1都3県に広がるヒート・アイランドを示します。このヒート・アイランドは、4328万人の関東平野の住民と、全国から様々な目的で首都圏にやってくる人々の各種活動が発する排熱によって形成されるもので、その中心近くにある北の丸公園への影響は避けられません。
さて、上記2で、2014年12月2日以前の東京の過去30年分の毎日の平均気温や年平均気温の平年値が推定値であることに驚き、平均気温とはそんなにいい加減なものかと思われた人がおられるかもしれません。しかし「平均気温」とは、もともと存在しない日平均気温、月平均気温、年平均気温を当局が適当に定義し、平均という抽象化の操作を加えて作成した人工的な値です。また特定の1地点の平均気温とは「当局が発表した値」であって、現に東京の平均気温がそうであるように、実測値の場合もあれば、推定値の場合もある。都市化の影響が強い場合も弱い場合もある。定義や測定場所や計算方法次第で変わる値です。「平均気温に関しては真実の値などどこにも存在しない」。この事実を理解しておくことはこの後述べる日本や世界の平均気温や地球温暖化を理解する上で極めて重要なことです。次の第46話では「日本の平均気温」について考えます。

(馬屋原 宏)

1)産経ニュース:https://www.sankei.com/premium/news/141024/prm1410240012-n1.html
2)気象庁観測部:「東京」の観測地点の移転について
http://www.jma.go.jp/jma/kishou/minkan/koushu141114/shiryou1.pdf
3)埼玉県:https://www.pref.saitama.lg.jp/a0502/onheat/index.html