谷学発!常識と非常識 第46話 日本の平均気温の謎(2):都市化の影響
1.日本の平均気温の推移
下の図(文献1より引用)は気象庁が公開している1898年以後の120年間の日本の年平均気温の推移を示しています。縦軸は1981~2010年の30年間の平均気温からの偏差値、青線は5年移動平均です。赤線で示されるように、日本の平均気温は100年間に1.19℃の割合で上昇しています。
このグラフから、以下のような疑問が生じます:①このグラフはどのような測定と計算の結果作成されたのか、②縦軸が気温ではなく、その偏差値で表してあるのはなぜか、③温暖化の原因は何なのか、④平均気温の上昇が直線的ではなく、数十年間にわたって横ばいか下降気味の期間が数箇所あるのはなぜか、などです。③と④は難しそうなので後回しにして、まず①と②について調べました。
2.日本の年平均気温の算出方法
気象庁は現在、以下の15地点の月平均気温から日本の年平均気温を算出しています(※1):
- 網走,根室,寿都(すっつ),山形,石巻,伏木(高岡市),飯田,銚子,境,浜田,彦根,
宮崎,多度津,名瀬,石垣島
この15箇所を選んだ理由を気象庁は、「1898年以降の120年間観測を継続している気象観測所の中から、都市化による影響が少なく、特定の地域に偏らないように選定した」と説明しています。
この15という測定地点の数には特に意味はなく、2001年にそれまでの15地点から浜松を削除し、寿都、長野、銚子の3箇所を追加して17地点とし、2013年からは長野と水戸を削除して上記の15箇所とし、現在に至っています(※2)。このように測定地点を入れ替える理由は、気象庁が定めた「都市化率の基準」があり、この基準を超えた浜松、長野、水戸が省かれたためです。すなわち気象庁は日本の平均気温を測定する場合、都市化の影響をできるだけ排除するように努力しています。
上記測定地点には特色があります。15箇所の測定地点のうち内陸にあるのは山形、飯田、彦根の3箇所だけで、残りの12箇所は海岸か島にあることです。このため、日本の平均気温が日本近海の海水温の影響を受けやすくなっていると考えられます。この後にグラフで示すように、日本の平均気温と日本近海の平均海面水温の推移がほとんど同じであるのはこのためでしょう。
3.縦軸が偏差値である理由
平均気温をグラフで表現する場合、縦軸は通常、偏差値で表現されます。その理由は、平均気温を絶対値で表現しても何の役にも立たないからです。気候変動を知るには偏差値の方が役に立ちます。気象庁はこのことを次のように説明しています(※1):
- 「富士山の山麓、5合目、山頂など、観測点ごとの気温は、登山などをする上では重要な情報ですが、それらを平均した値そのものには意味がありません。富士山の気候変動を監視するためには、ある年、ある月の富士山の気温が通常の状態と比べて高いのか低いのか、また、富士山の気温は過去100年でどのくらい変化しているかを知ることが重要であり、これは、平均的な状態からの気温のずれ(偏差)を計算することで把握することができます。」
4.日本の平均気温に対する都市化の影響:大都市
日本の平均気温の上昇の原因を考える上で極めて重要と思われるグラフを下に示します。
左のグラフ(文献3より引用)は日本の平均気温(図の説明では都市化の影響の少ない15地点平均)の推移(一番下の黒太線)に、同時期の東京(赤線)、大阪(黒細線)、名古屋(水色)及び日本近海の平均海面水温(水色太線)のグラフを重ねたものです。1950年頃から日本の平均気温と大都市の平均気温との乖離が次第に大きくなっています。
変動の激しいグラフですが、結果は、東京>大阪>名古屋>日本の平均気温=日本近海の平均海面水温(の偏差値)となっており、温暖化が都市の人口に応じて激しいことを示しています。ただし、上のグラフは数値が読み取りにくいので、2018年8月15日の日経新聞に掲載された2017年までの過去100年間の日本の都市の温暖化の程度を比較した記事の、トップから10位までを以下に紹介します(カッコ内は日本の平均気温からの乖離の度数、単位は℃):
- 東京(3.2)、福岡(3.1)、名古屋(2.9)、横浜(2.8)、大阪(2.7)、京都(2.7)、
札幌(2.7)、鹿児島(2.7)、仙台(2.4)、広島(2.0)。
これらのデータも大都市の温暖化がほぼ都市の人口の順に激しいことが分かります。
5.日本の平均気温に対する都市化の影響:中小都市
地方の中小都市にも都市化による温暖化があることを明瞭に示すデータを紹介します。左の図(文献4より引用)は埼玉県熊谷市の1950年以降の猛暑日の年間日数の経年変化です。実に見事な温暖化を示しています。重要な点は1960年頃までの熊谷市の猛暑日は年間ゼロから2~3日程度で、熊谷市は決して昔から「暑い街」ではなかったことです。その熊谷市の猛暑日が年間40日を超えるようになったのはなぜでしょうか。
左の図(文献5より引用)は関東地方で気温が35度を超えた時間の合計を等高線で示した図です。埼玉県の越谷、熊谷、群馬県の伊勢崎などの地方都市が同心円状の等高線で囲まれており、これらの地方都市にも明らかにヒート・アイランド現象が認められます。
環境省はヒート・アイランド現象の発生原因として、以下の3つを挙げています(※5):
- ①土地の表面被覆の人工化(緑地の減少と舗装や建物などによる人工的被覆面の拡大。道路の舗装面や建物の屋根面は、夏季の日中には表面温度が 50~60℃程度にまで達し、大気を加熱する。また、日中に都市内の舗装面に蓄えられた熱は、夜間に放出され気温低下を妨げる。)
- ②都市形態の高密度化(密集した建物による風通しや夜間の熱放射の阻害)
- ③人工排熱の増加(建物の冷暖房や照明、工場、自動車、列車などからの排熱の増加)。
以上の考察から、日本の大都市や中小都市ではヒート・アイランド化による温暖化が顕著であると言えます。ところで、日本の平均気温は15の中小都市の観測所の測定データから計算されています。これらの観測所の付近には上記①~③のような環境条件は全く無いのでしょうか?(第47話に続く)。
(馬屋原 宏)
1)気象庁:https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/an_wld.html
2)堤純一郎・新里一博: http://www.msjok.com/study/H20_ronbun/07.pdf
3)気象庁:https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/himr_faq/03/qa.html
4)埼玉県:https://www.pref.saitama.lg.jp/a0502/onheat/index.html
5)環境省:https://www.env.go.jp/air/life/heat_island/manual_01/02_chpt1-2.pdf