谷学発!常識と非常識 第49話 世界の平均気温の謎(2):北極海の温暖化
谷学発!常識と非常識 第49話 世界の平均気温の謎(2):北極海の温暖化
第43話で日本の異常気象は北極海の温暖化と関係があると述べました。今回は改めて北極海の温暖化の現状とその原因を探ります。
1.北極海の海氷面積の変化
北極海に浮かぶ海氷は毎年冬に面積及び厚さが増加し、夏に減少します。ところが近年北極海の海氷が急激に減少しています。気象庁は北極海の海氷の面積の経年変化のデータを公開しています。
左の図(文献1より引用)は、1979年以後の北極海の海氷面積の経年変化のグラフです。この約40年間に年最大値(上)、年平均値(中)、及び年最小値(下)の全てが減少傾向を示しています。特に年最小値の減少が激しく、この40年間に半分近くまで減少しています。2012年には観測史上の最小値を記録しました。
気象庁は上のグラフに関して次のように説明しています:
「北極域の海氷域面積は、1979年以降長期的に減少しています。 特に、年最小値は減少が顕著で、1979年から2017年までの1年当たりの減少率は、9.0万平方キロメートルとなっており、 この値は北海道の面積(8.3万平方キロメートル)にほぼ匹敵します。」(※1)
人工衛星から観測した9月の北極海の海氷の形状を見るとこの間の劇的な変化がよくわかります。
左の図(文献2より引用)は北極海の海氷の最少期(9月)の状態を示す概念図です。左が1980年代の平均、右が観測史上最小日の2012年9月16日です。海氷面積が半分以下になっており、海氷のない海面が開いています。この年、オランダのロッテルダム港と韓国の蔚山(ウルサン)港の間を貨物船が航行しました。
左の図(文献3より引用)は北極海の海氷の体積(面積☓氷の厚さ)の変化を円形のグラフにしたものです。円の中心からの距離が毎月平均の海氷の体積、周囲は1979年から2014年までの西暦です。どの月も年ごとに渦状に中心のゼロ点に近づいていますが、最も内側の9月のグラフを見ると、面積が1/2になった2012年には体積は1/6まで減少しました。40年間北極海を研究してきたワダムスはこのグラフを「死のスパイラル」と呼び、2030年にも夏の北極海から海氷が消滅する可能性があると予測し、それが地球の気象と生態系に壊滅的な打撃を与えるであろうと警告しています(※3)。
2.北極海の海氷が減少する原因
北極海の海氷が急激に減少する原因としてまず考えられるのは海流の影響です。北極海には暖流(北大西洋海流)が流入しているからです。
左の図(文献4より引用)は世界の表層海流を示します(赤線が暖流、青線は寒流)。この図の中央上部の赤線が北極海に侵入する暖流の北大西洋海流です。気象庁によれば北大西洋海流の表面水温は100年間に0.63℃の割合で上昇しています(※5)。したがって北極海の温暖化には北大西洋海流の温暖化が関係していると考えられます。ただし、海流以外にも、極地に特有な複数の要因が温暖化を促進する方向の強化フィードバックとして働いている可能性があります。
文献3の中でワダムスは極地方の温暖化を促進する強化フィードバックを7種類挙げています。そのうち彼が「現在進行中の大惨事」と呼んで特に注目しているのが「メタンガス・フィードバック」です。北極海の各所で海底からの大量のメタンガスの噴出が発見されています。これは海底の永久凍土中に閉じ込められていたメタンハイドレートが北極海の温暖化により融解することが原因です。陸上でも永久凍土の地面にクレーター状の巨大な穴や陥没がしばしば発見されており、地下のメタンガスの爆発的噴出によると説明されています(※3)。メタンガスには二酸化炭素の20数倍の温暖化効果がありますが、どれだけの量のメタンガスが噴出しているのか、今後どれだけ増えるのかは不明で、したがってその温暖化への影響も不明です。他にも例えば、海氷-アルベド・フィードバックがあります。アルベドとは太陽光の反射率をいいますが、温暖化により海氷の面積が減少するとアルベドが低下し、北極海の海中に直接入射する太陽の日射量が増加して海水温が更に上昇し海氷面積の減少が加速されます。また、河川フィードバックは北極海に注ぐ河川の温暖化が北極海の温暖化を更に推進します。第48話で地球温暖化には地域差が大きく、北半球の高緯度地方の温暖化が特に激しいと述べましたが、これら極地方特有の種々の強化フィードバックが既に働いていると考えれば地域差の大きさの説明が付きます。
3.表層海流と深層海流の関係:海洋大循環
北極海の温暖化に関係する北大西洋海流は上の海流図では赤道以北の大西洋を循環しているように見えますが、実はそうではなく、北大西洋海流は「海洋大循環」の一部を構成しており、世界を循環しています。海流には海表面を早く流れる表層海流と、深海をゆっくり流れる深層海流とがありますが、北大西洋海流は北極海で冷えて凍ることにより深層海流に変わり、世界を循環しているのです。
左の図(文献6より引用)は、表層海流と深層海流の関係を示します。深層海流(青色)の出発点は左上のグリーンランド沖(○に☓印)と南極海です。海水が凍結するときは水だけが凍結して、残った低温で塩分濃度の高い塩水は比重が高いので深海底に沈みます。大量の重い海水は深層海流となって大西洋の底を南へ移動し、大西洋の南端に達して方向を東向きに変え、南極大陸沿岸に沿って進みます。この深層海流の下に南極海で形成された深層海水が合流し、インド洋と太平洋に別れて北上します。
深層海流はインド洋西部と太平洋北部で湧昇して表層海流となります。この表層海流(上図の赤いベルト部分)は太平洋とインド洋を横断し、アフリカ大陸南端を回って大西洋に入り、メキシコ湾流を経て北大西洋海流となり再び北極海に戻るとされています。これら深層海流と表層海流を総合した地球規模の海流循環をW.ブロッカーは「海洋大循環」と名付けました。海洋大循環は冷たく塩分濃度が高い海水の深海底への沈み込みが原動力なので、「熱塩循環」とも呼ばれます。熱塩循環があるおかげでヨーロッパは比較的高緯度にあるにもかかわらず温暖になっています。
海洋大循環で重要な点は北極海やヨーロッパの温暖化に関係する北大西洋海流の温暖化には大西洋だけでなく、太平洋やインド洋の温暖化も関係しているという点です。ただし、海洋大循環には不明な点が多く、例えば上の図の赤いベルトのような一続きの表層海流はどの海流図にも載っていません。これはこの図の表層海流は概念に過ぎないことを示しています。また、海洋大循環は地球の温暖化だけでなく、間氷期から氷河期への移行の引き金を引いている可能性が出てきました。そこで海洋大循環については地球の過去の気温の話題(第51話)のあとで改めて取り上げます。
次の第50話では南極の温暖化について調べます。
(馬屋原 宏)
1)気象庁:https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/data/shindan/sougou/pdf_vol2/1_3_1_vol2.pdf
2)e’s inc:https://www.es-inc.jp/insight/2012/ist_id003302.html
3)ピーター・ワダムズ著・榎本浩之監訳・武藤崇恵訳:『北極がなくなる日』.原書房(2017)
4)C. Alexander:http://constantine.typepad.com/.a/6a0120a7fc3be9970b0177444f4772970d-pi
5)気象庁:https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/data/db/climate/glb_warm/natl_trend.html
6)大島慶一郎:http://shochou-kaigi.org/interview/interview_11/