谷学発!常識と非常識 第50話:南極の温暖化
1.今南極で何が起きているか?
第49話で北極海の海氷が急速に減少していることを紹介しました。では南極大陸はどうなのでしょうか。南極大陸の温暖化に関連する情報は混乱していますが、情報を整理すると、南極大陸は温暖化に対して極めて強靭な抵抗力を持っていることがわかりました。
左のグラフ(文献1より引用)は、気象庁による南氷洋の海氷(海水が凍ってできた氷)の面積の経年変化です。上が年最大値、中央が年平均値、下が年最小値です。最近まで年最大値と年平均値はわずかに増加していました。ところが2014年頃をピークに全て急激な減少に転じたようです。これら3本のグラフの共通の特徴として、最近になるほど増減の振幅が大きくなっています。これは何を意味するのでしょうか?
最近の海氷の減少が変動幅の範囲内であればまた増加に転じる可能性もあります。しかし、南極海の海氷の増加は温暖化によって大気中の水蒸気量が増加し、降雪量が増加しただけで、寒冷化の結果ではないとの解釈もあり、温暖化の進行で南極海の海氷も減少に転じた可能性があります。
2.南極の氷の量に関する情報の混乱
2014年頃までは南極の海氷や氷床が増加しているという報道が多く、例えば2012年米国国立雪氷データセンター(NSIDC)は、南極大陸周辺の海氷面積が近年増加しており、2012年9月末には観測史上最大となる1944万平方キロを記録したと発表しました(※2)。更に2015年にはNASAが衛星観測データから1992~2001年の10年間に南極の氷床が年間1120億トン増加しており、2003~2008年も年間820億トンと、増加率はやや鈍ったものの増加していると発表しました。(※3)。
ところがこの発表の僅か3年後の2018年6月、NASAやESA(ヨーロッパ宇宙機関)の共同研究チームは、1992年から2017年までの衛星による観測結果から、この25年間に南極大陸から3兆トンもの氷が失われ、このうち40%は2012年から2017年の5年間に失われたと発表しました(※4)。この最新情報が正しければ南極大陸は最近、急激に温暖化している可能性があります。
3.南極大陸に関する情報が混乱する原因
南極大陸に関する情報が混乱する原因はいくつもあります。第1に大陸の殆どが何千メートルもの厚い氷床で覆われているためにその下で起こっていることが分かりにくいこと、第2に南極は実際には1つの大陸と多くの島から成り、しかも数千メートルもの氷床の重みで大陸や島の基盤岩が場所によっては海面下2.5kmも沈降していると言われており、水面下にある氷床の体積も、温暖化による融解量も正確には分からないこと、第3に、同じ南極大陸でも氷の量が増加している場所と減少している場所があり、研究者や測定する場所によって結果が異なることです(4項を参照)。
4.氷床は西南極で減少し、東南極で増加している
下の図(文献5より引用)は、北大低温科学研究所の大島慶一郎教授による南極大陸の図です。濃い灰色の部分が海水面より上の部分で、薄い灰色の部分は海上に浮かんでいる氷床(棚氷)、または水面下の大陸棚に直接載っている氷床を示します。これらは海水に接しており、温暖化の影響を受けやすい部分です。
この図は陸上の面積をかなり少なく見積もっている例で、左上の南極半島は島として描かれています。図の太い点線のあたりに「南極横断山脈」があり。これより左を西南極、右を東南極と呼びます。東南極の「+50m」と西南極の「+4m」は、氷床が全て融解したときに予想される世界の海面の上昇量です。図の左側の黒●は1994~2012年の間に氷床が減少した地域、○は増加した地域で、氷床は主に西南極の海岸で減少しています。
西南極沿岸の氷床の減少の原因はよく分かっていませんが、①海流の温暖化、②強い西風、③氷床の下の活火山の地熱、などと説明されています。これに対し東南極では氷床がわずかに増加しています。ただし、右下の「巨大な東南極も融解加速?」とあるように、東南極最大のトッテン棚氷(矢印)が海面下で溶解しつつあるとの不確実な情報もあります(※6)。
5.南極の高地の氷床は増加し続けている
地球温暖化が進めば南極の氷床が全面的に融解して海面が60メートルも上昇するとの悲観的な予想があります。しかし、そのようなことは予想可能な未来には起こりません。
左の図(文献7より引用)は南極大陸の標高を500m間隔の等高線で示したものです。南極大陸の大部分を占める東南極は海岸に近いほど等高線が混み、その上は緩やかなドーム状で、最高地点の標高は4000mを超えています。大陸の平均標高は2290m、氷床の平均の厚さは2450mなので、岩盤の平均標高は海面下にあります。これは数千mの氷床の重みで基盤岩が沈んでいるからです。この氷床は過去約70万年間に降り積もった雪が圧縮されて氷となって残ったものです(第51話参照)。
南極の高所の氷床は数百万年前から蓄積されていたと考えられていますが、ゆっくりと海に向かって流れているため、約70万年より古い氷床は残っていません。
6.南極大陸の温暖化抵抗性
ところで、北極点の海氷の厚さはせいぜい数m、古さも数年以内であるのに対し、南極大陸ではなぜ氷雪が何十万年も消えずに蓄積されたのでしょうか?この謎を解くには南極大陸の歴史と地理を知る必要があります。南極大陸はもともと亜熱帯~温帯の位置にあり、約2300万年前に大陸移動によって他の大陸から切り離され、孤立した大陸となって現在の位置に落ち着きました。地球の自転軸が大陸の中にあったため、大陸の周囲を寒流が循環するようになり、暖流から遮断されたことで南極大陸の氷床が発達するための1つの条件が備わりました。ただし当時の気温が現在より高かったため氷床はできず、約1500万年前から気温が徐々に低下するにつれて氷河期に発達した氷床が温暖期にも消えずに残るようになり、氷床が発達し始めました。氷床の標高が高くなるにつれて、氷床の発達のための第2の条件となる「標高の高さによる寒冷化効果」が加わりました。これは高度100mにつき気温が0.6℃低下するためです。標高約1600m以上では気温は10℃以上低下します。過去に10万年周期で繰り返されてきた氷河時代には、南極大陸を含む世界の平均気温が現在よりも約8-10℃低下したことが分かっています(第51話参照)。すなわち標高1600m以上の高所では現在の南極の沿岸の氷河時代の平均気温以上に寒冷であることを意味します。仮にある標高以上では氷床が成長し、その標高未満では氷床が融解・消失する線を「氷床前線」と名付けるならば、この標高1600mあたりが現在の「氷床前線」になると考えられます。実際に上の地図では標高1500m以下の等高線が混んでいる理由は「氷床前線」以下では温暖域にあるため標高が下がるほど急速に氷床の厚さが薄くなるためである、と説明できます。
この「氷床前線」の概念によって、一見混乱している温暖化関連情報を統一的に理解できます。例えば国立極地研究所ば、東南極内陸部で20世紀後半以降の年間平均積雪量が増大傾向にあると報告していますが(※8)、この「内陸部」が「氷床前線以上の高地」と考えれば氷床の成長につながる現象として理解できます。一方これとは逆に、西南極沿岸部、ロス棚氷、あるいは東南極のトッテン棚氷などで氷床や棚氷が融解しているとの情報があるのは、これらが全て標高ゼロ地点、すなわち「氷床前線」の外の温暖域の現象であり、普段でも融解するのが間氷期の正常な状態であるが、温暖化で融解が加速しているのであろう、と説明できます。
ただし、氷床の融解が進んでいると言われる西南極でも、温暖化で近未来に氷床が完全に消失することはありません。その第1の根拠は、「南極横断山脈」の存在です(上の図の中央の黒い筋状の部分)。この山脈は長さが3500kmもあってヒマラヤ山脈より長く、最高峰は4892mもあり、3000~4000m級の多数の高山から、無数の氷河が流れ下っており、その末端がロス棚氷です。これらの高山は「氷床前線」よりも上にあるため、温暖化しても山岳氷河は消失しません。第2に、西南極沿岸の「西南極山脈」にも3000~4000m級の高山や氷河が多く、その東側には標高が2000mを超える氷床もあり(上図参照)、これらも「氷床前線」の上にあるため、簡単には消失しません。
以上をまとめますと、標高がゼロで暖流が侵入しているために温暖化に対して脆弱な北極海とは全く異なり、南極大陸は温暖化に対する強靭な抵抗力を持っています。これは主として、①南極大陸が周囲を循環する寒流によって暖流の侵入から遮断されていること、及び、②南極大陸が標高4000mを超える高所を持ち、そこは-24℃もの高度による寒冷化効果で守られていること、によります。これらの結果、東南極の高所の氷床は今後温暖化が進んでも厚くなり続けます。ただし海抜ゼロ地域の氷床や棚氷は、温暖化によって融解が進むので、近未来に1-2m程度の海面上昇は覚悟しておく必要がありそうです。
次の第51話は南極で行われている過去の気温の計測の話です。
(馬屋原 宏)
1) 気象庁:https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/db/seaice/global/global_extent.html
2)National Geographic: https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/6907/
3)CNN:https://www.cnn.co.jp/fringe/35072954-2.html
4)Gigazine: https://gigazine.net/news/20180614-antarctica-lost-ice/
5)大島 慶一郎:http://shochou-kaigi.org/interview/interview_11/
6)産経ニュース:https://www.sankei.com/wired/news/180101/wir1801010001-n1.html
7)国立極地研究所:https://www.nipr.ac.jp/info/notice/20090602.html
8)国立極地研究所:https://www.nipr.ac.jp/info/notice/20111116.html