谷学発!常識と非常識 第51話 過去の気温はどうやって測るか?

1.南極観測隊の重要な仕事は氷床のボーリング

左の写真(文献1より引用)は2006~08年の第48次南極観測隊が使用した雪上車12両が集合したところです。これらの雪上車は南極大陸の沿岸にある昭和基地から約1000キロも奥地の、標高が富士山より高い「ドームふじ」との往復に使われました。「ドームふじ」の年間平均気温は-54.4℃、最低気温は-79.7℃(1996年)。こんなに遠くて寒いところへ行った目的は、過去の気温を測定するための2度目の氷床掘削でした(※1)。

2.過去の気温はどうやって測定するか?

南極大陸の高地では、気温は1年中氷点下のため降った雪が溶けずに氷になり、厚いところでは4000メートル以上の厚さの氷床を形成しています。いくつかの先進国が南極に観測基地を設けてこの氷床をボーリングし、直径約10センチ、長さ数千メートルの氷床コアを採取し、その成分を分析しています。「ドームふじ」の標高は3810m、地面の高さが約800mなので、その上の約3000mが氷床です。1995~96年の第1期掘削では2503m(約34万年分)の氷床コアを掘ったところでドリルが引っかかり、掘削は中断されました。第2次掘削では位置をずらして掘り直し、3035.22m(約70万年分)の掘削に成功しました。
氷床コアには年輪があり、年代が分かります。また、過去の氷は形成当時の空気を閉じ込めているので、当時の気温がわかります。空気から気温が測定できる原理は、酸素18の重さが酸素16よりも12.5%重いことを利用します。海水温が上昇すると海水に溶けていた酸素が大気中に放出されますが、その際に軽い酸素16が大気中に出やすいので氷床コアに含まれる空気は酸素16の比率が高まります。そこで酸素18/16の比率を測れば当時の気温が推定できます。また、CO2やメタン濃度も測定できます(下図)。

3.南極の過去34万年間の気温および温暖化ガスの経年変化

上の図(文献2より引用)はドームふじにおける1回目の氷床コアの採掘により得られた2500mを超える氷床コアの分析から判明した過去34万年間の南極の平均気温(下)、二酸化炭素(上)及びメタン(中)濃度の推移を示します(右端が現在、左端が35万年前)。このグラフから以下の情報が読み取れます:

① 過去34万年間の南極は約10万年の周期で短い温暖期と長い寒冷期を繰り返してきた。

② 温暖期(間氷期、黄色でマーク)は、寒冷化が極大に達した後に突然訪れ、気温は短期間に約10度急上昇する。気温の極大期は短く、温暖期は1万年あまりで終わる。

③ 寒冷期は短い温暖期の後に突然訪れ、気温は一気に6-8℃低下したあと、2-4℃の上下を繰り返しながら約10℃低下するまで、約9万年間続く。その後突然温暖期が始まる。

④ 二酸化炭素とメタンの濃度は気温の変動と非常によく相関している。

上記の約10万年の温暖化-寒冷化サイクルは、1920年にセルビアの数学者ミランコビッチが天体観測データから計算によって示していました。これは地球温暖化の太陽原因説を扱う第53話で改めて取り上げます。
上のグラフには驚くべき特徴が2つあります。1つは気温の上下と温暖化ガスの増減が完全に相関している点です。これは一方が他方の原因であるか、または互いが相手の原因であることを示唆します。地球温暖化の原因に関連して、気温の変化と温暖化ガスの変化のどちらが先かが問題になります。上記グラフからは読み取り困難ですが、分析者によれば気温の変化が温暖化ガスの変化に数百年から1000年程度先行しているそうです。この問題は地球温暖化の二酸化炭素原因説を扱う第54話で改めて取り上げます。
もう一つの特徴は、二酸化炭素濃度が34万年間、200-300ppmの間を上下しており、300ppm を超えたことが1度もないことです。このグラフは氷床コアの分析なので現在の大気中の二酸化炭素濃度(410ppm)はプロットされていませんが、これをプロットするには上記のCO2のグラフと同じ幅の縦軸を上に継ぎ足してもまだ足りません。このCO2濃度の前代未聞の急変の原因とその影響を考える必要があります。

4.間氷期ー氷河期の移行はなぜ突然起こるのか?

上のグラフでは温暖期(間氷期)が黄色でマークしてありますが、その開始と終了のとき、グラフがほとんど垂直に切り立っており、これらの相転移が短期間に進行したことを意味しています。氷期と間氷期が10万年の周期で訪れる理由は太陽と地球の間の距離を扱ったミランコビッチサイクルで説明できますが(第53話参照)、この距離の変化は極めてゆるやかなので、上のグラフのようなシャープな変化は説明できません。気候変動がシャープになる原因としては2つ考えられます。第1は気候変動に対する各種の正の(強化)フィードバックの存在です。例えば温暖化の方向への正のフィードバックには以下のようなものがあります:①気温が上昇すると空気中の水蒸気量が増加し、その温室効果が加わり、気温が更に上昇する。②温暖化で海水温が上昇すると、北極や南極の海氷面積が減少し、海洋に入射する太陽熱が増加するため、海水温が更に上昇する。③海水温が上昇すると溶けていた二酸化炭素が大気中に放出され、その温室効果が加わる。④温暖化で生物や微生物による呼吸や有機物の分解が盛んになり大気中の二酸化炭素濃度やメタンが増加し、その温室効果が加わる。⑤温暖化で海底のメタンハイドレートや永久凍土が融解してメタンガスが放出され、これらの温室効果も加わる。すなわち、氷河期から間氷期への移行期にはこれら多数の正のフィードバックが重なって気温が暴走的に上昇したと考えられます。その間に植物が増加した二酸化炭素を吸収するなどの負のフィードバックも働きますが、正のフィードバックの力が圧倒的に勝るため、シャープな気候変動になったと考えられます(※3)。反対に温暖期から氷河期への移行はこれらのフィードバックが逆に働いて急速な寒冷化が起こったと考えられます。
第2は海洋大循環の関与です。最近、グリーンランドの氷床の分析データから、最後の氷河期から現在の温暖期に移行するとき、最短で3年、平均数十年以内という短期間に氷河期への逆戻りが何度も起こり、これに海洋大循環が関係していたことが分かってきました(※4)。第49話で北極海の温暖化との関連で海洋大循環に触れましたが、次の第52話では地球寒冷化との関連で海洋大循環について詳細に調べます。

(馬屋原 宏)

1)第48日本南極観測隊http://www.tatecal.or.jp/tatecal/stuff/fukui/index5/index5.html
2)東北大学:http://www.sukawa.jp/kankyou/ondan3.html
3)能田成:「デージーワールドと地球システム」,大阪公立大学共同出版会(2017)
4)NHK:https://www.youtube.com/watch?v=pc8EXsF6ld4