第2回「佐藤哲男賞」受賞の言葉、お祝いの言葉

毒性試験従事者の基礎教育の実践と日本毒性学会への導入及び資格制度の確立
:リスクの統合的評価法の拡充   

野村 護  株式会社イナリサーチ

日本毒性学会は1973年設立の「毒性研究会」と1975年の「日本毒作用研究会」が統合され名称変更後「日本トキシコロジー学会」として活動し、2012年に名称を変更し「日本毒性学会」に改名し今日に至っている。関連する学問領域が多岐にわたり多様性科学と言われる所以であろう。私の日本毒性学会への貢献として1)基礎教育の実践、2)毒性生物統計の改革、3)毒性臨床化学の拡充と4)リスクの統合的安全性評価の拡充について述べる。

医薬品開発企業において開発初期段階の化学物質の中から目的とする医薬品としての資質を保有し、ヒトを模した動物実験から薬理作用を持ち、かつ目的外の有害作用のない物質を選択して開発してきた。有害性のない物質の選択は毒性試験あるいは安全性試験と呼称し多くの企業では専門スタッフを教育することに腐心している。1)基礎教育の実践:日本毒性学会では化学物質等の保有する生体におよぼす影響を科学的に評価できる人材の教育を系統的に実施し、評価に必要な知識や生体反応の記述に必要な専門用語の理解等を試験し合格したものをJST認定トキシコロジストと称して毒性評価を担当する資格認定制度が出来上がっている。私は学会に専門資格制度が整う以前から社内教育の一環として、従事者の基礎教育として動物実験手法、反応の記録法、動物の解剖術式、生物統計学的実験法、専門的な記述法、動物実験の投薬群の設定と割り付、採血技術と検査材料の分取保存と検査、データの生物統計解析、得られたデータの統合評価の手法について実践してきた。学会外においては1986年に立ち上げた安全性評価研究会は毒性学初歩教育として活用しQ&A形式の「毒性質問箱」として学術集会参加の初歩とした。2)毒性生物統計の導入と拡充:海外試験受託施設との比較において、毒性の有無検討する際に群間の有意差を生物統計学的な有意性を検定処理する手法に違いがあり国内で汎用されていた統計決定樹の誤用を指摘し毒性試験における正しい生物統計の手法を定着させた。毒性試験のデータには恣意的に毒性発現用量を設定するため外れ値が存在するが、この解析を多重比較検定に毒性評価者が判定した毒性発現用量との一致を得るような毒性試験生物統計決定樹をDIA主催の国際統計学検討会議で発表しドイツのハノーヴァー大学の手法と一致が見られ国際的な解析手法を確立した。3)毒性臨床化学評価の拡充:国内の一般毒性試験の主流は投薬後の病理組織学的検査と臨床化学的検査から得られた膨大なデータを解析して毒性の有無を質的あるいは量的に対照群と投薬群との差を検討する手法であり、臨床化学的検査は測定法の統一のみならず測定機器の校正等データのバラツキを小さくする等、毒性学会の範囲を超えた日本臨床化学会との協調が必須で動物臨床化学専門委員会を設置し協業体制を作り上げた。臨床検査機器の自動化が進み短時間で多項目を測定可能な自動分析装置が国内の検査機関に設置されるに至ったが機器の校正は統一されず個々の施設単位での標準化がなされていた。動物血液を用いた全国の検査施設で一斉に実施するサンプルサーベイランスを展開し動物臨床機器としての校正法を統一したことでバラツキの少ない検査結果が得られるようになった。新たに設置した動物臨床化学専門委員会の下にラット血中アルブミン測定の際に標準品にウシアルブミン(BSA)でなくラットアルブミンを使用することでバラツキの少ないデータが得られることとなった。多項目データ同時採取により毒性発現臓器、病理組織学的変化との関連性を因子解析することが可能となりデータの統合評価をクラスター解析を応用し複合的解析の有用性を提唱できた。4)リスクの安全性評価の拡充:一方、臨床化学等の毒性解析を担う従事者への基礎教育の一環として日本毒性学会への参加を促し学会員としての登録と年会等への発表機会を得て毒性試験の在り方を教育できた。医薬品開発は非臨床試験で問題がない場合はヒトへの適用が可能となりヒトへ投薬が試みられ臨床試験を経て医薬品としての販売承認を申請することとなる。薬事申請に必要なデータの全ては関連法的規制の下に実施される。毒性試験は適正試験施設GLPに従って一連の毒性試験評価担当者のみならず試験従事者までの全てが規制の範疇に入っているため継続的な実務教育が重要であることを踏まえて試験系以外にも重要なリスクの存在評価と開発者の規制の遵守が必要であることを次世代の開発者へのメッセージとして伝えたい。

野村 護先生の受賞を祝う

野村 護先生が2020年の第2回「佐藤哲男賞」を受賞されました。心からお祝い申し上げます。この賞は平成31年1月に日本毒性学会が新たに創設したものです。本賞は毒性学に関連する研究、毒性学教育、毒性評価等に関わる技術開発において優れた業績をあげ、かつ日本毒性学会の発展に貢献した会員を対象にしております。

野村先生は、1986年に開催された第13回日本毒科学会(現日本毒性学会)年会のワークショップ(テーマ:検体の採取をめぐって)の発表者の一人として参加されました。このときのワークショップの発表者が中心となり、同年、安全性評価研究会(以下谷学と略)が創立されました。ちなみに、そのときのワークショップの司会は谷本義文先生(谷本学校の由来)と松本一彦先生です。

野村先生は谷学の創立以来中心的役割を果たし、今日まで谷学の発展に大きく貢献されました。また、第一製薬(株)(現第一三共(株)において長年にわたり創薬の安全性評価に関わり、多くの新薬の開発に貢献されました。同社をご退職後は(株)イナリサーチにおいて、長年の創薬研究のご経験を活かして顧問としてご活躍されております。

日本毒性学会においては、野村先生は長年理事として学会の運営、発展に貢献されました。中でも特筆すべきことは、教育委員会において長年にわたり後進の育成に努めました。同学会が編集した「トキシコロジー」の編集委員及び執筆者として毒性学の普及にご尽力されました。また、日本毒性学会基礎教育講習会の主要メンバーとして、同学会の「認定トキシコロジスト制度」の新設、発展に中心的役割を果たしました。現在は名誉トキシコロジストとして同制度の発展を支えておられます。

野村先生は日本毒性学会への長年にわたる貢献により同学会の功労会員となりました。また、平成16年には同学会の推薦により望月喜多司記念賞を受賞されました。

以上、野村 護先生は「佐藤哲男賞」の受賞対象となっている、毒性学研究、毒性学教育、毒性評価等に関わる技術開発などすべてにわたって高く評価された結果、今回の受賞に至りました。心よりお祝い申し上げます。

                      佐藤哲男

                      日本毒性学会名誉会員

                      千葉大学名誉教授

野村さん、佐藤哲男賞受賞おめでとうございます!

野村(ノム)さんへ:佐藤先生の「受賞に寄せて」にも書かれていましたが、1986年の第13回日本毒科学会年会でワークショップを谷本先生と一緒に企画してから、もう34年も経ってしまいましたね。今でも、お酒好きな谷本先生とワークショップの打ち合わせが終った後に繰り出す六本木、新宿への飲み会が思い出されます。それをきっかけに、安全性評価研究会(谷学)を立ち上げましたね。どこの会社でも安全性研究所のトップは社内では重要な決定事項に相談する人がいないことから、企業の壁を超えた駆け込み寺を作ろうと10名足らずで始めた秘密結社がいつの間にか100名を超える大所帯になりました。日本毒性学会の最終日の最終コーナーで「谷学毒性質問箱」を企画して故渡部先生と3人で座長をやったのが北海道の学会でした。学会を抜け出して富良野に旅した写真が今も残っています。ノムは今でも若手毒性研究者の育成にさまざまな角度から尽力していますね。毒性学の発展と教育に大きな役割を果たしている人に送られるのが佐藤哲男賞なので、一緒に歩いてきた友人として心から嬉しく思います。これからも、毒性研究を目指す後輩へのエールを送り続けてください。おめでとう!!

2020年7月1日 松本一彦