くすり(4) 新型コロナウイルス感染とアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)の多機能性

2020.8.24

             日本薬科大学一般薬学部門 土井孝良

子供は新型コロナウイルスに感染することが少なく、軽症者が多いといわれている。8月16日の読売新聞朝刊に「コロナの疑問 – 子供は軽症で済む?」というコラムがあったので紹介する。「厚生労働省によると、8月12日時点で、検査で陽性だった人のうち、10歳未満は全体の1.9%、死者1041人のうち10代以下はゼロでした。・・・海外も同様の傾向です。・・・細胞表面にある「ACE2」というたんぱく質がカギを握っている可能性があります。・・・鼻粘膜の表面にあるACE2は10歳未満で最も少なく、年とともに増えていました。・・・」10代以下のコロナ感染者の死亡例がないという記事の内容は興味深い。しかし、それ以上に、一般の新聞記事の中にACE2という単語をみつけたて、なぜか少し嬉しくなった。

心不全による腎血流量の低下によりレニンが腎臓から分泌され、アンジオテンシン変換酵素(ACE)がアンジオテンシン(Ang)Ⅱを生成する。血管を収縮させ血圧を上げて全身に血液を環流させるという生理作用は、レニン・アンジオテンシン系 (RAS)として長い間、血圧・血流コントロールの主役だった。降圧薬としてACEの阻害剤(ACEi)やAngⅡ受容体の拮抗薬(ARB)も開発された。しかし、2000年にアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)が発見されて、RASはとても複雑な系であることが明らかになってきた。

まずACE2の負の側面だが、新型コロナウイルスが細胞に侵入する時の受容体はACE2なのだから、ACE2は生体にとってマイナス因子である。新型コロナウイルス感染は高血圧や炎症によりACE2が過剰に発現しているときに亢進する。ACE2に対する抗体や阻害剤による処理、さらにACE2のKO マウスでは新型コロナナウイルス感染が抑えられるという実験動物でのデータがある。とにかく、ACE2は新型コロナウイルス感染の受容体なのだ。

一方、ACE2の正の側面だが、新型コロナウイルスが細胞への侵入のためにACE2を使えば生体中の生理活性を有するACE2が低下する。その結果としてACE/AngⅡ/AT1RがACE2/Ang(1-7)/MasRよりも優位になり、AngⅡの作用により血圧が上昇し炎症や線維化などの種々の細胞傷害性の変化が組織に起こる。この点から見るとACE2は生体にとって正の因子だ。ACE2の主な生理作用はAngⅡを分解してAng(1-7)を生成することである。この反応はAngⅡを減少さて血管収縮による血圧上昇や細胞傷害性の反応を抑え、さらにAng(1-7)のMasRとの結合によりAngⅡと相反する作用を生体にもたらす。ACE2はAngⅡの生体にとってネガティブな作用を抑え、生体防御的に働くのだ。

ACE2/Ang(1-7)/MasRの系はMasRが血小板に発現していることから、抗血液凝固効果が期待できる。実際、MasRのKOマウスでは血液が凝固するまでの時間が短くなり、血栓のサイズが大きくなる。また、Ang(1-7)がMasRに結合することでプロスタサイクリンが上昇して血小板凝集阻止作用が発現し、さらに血管平滑筋を弛緩させて血圧を下げる。新型コロナウイルス感染により発生する重症例の多くで観察される血栓症は、ACE2の欠乏に起因している可能性が考えられる。

ACE2の系は膵臓にも多く発現し、NOを上昇させることでランゲルハンス島周辺の血流量を増加させ、さらに線維化を阻害することでインシュリンの分泌を促進すると考えられる。新型コロナウイルス感染による糖尿病の増悪は、血液凝固の亢進と同じくACE2の欠乏に起因しているかもしれない。

ACEやACE2はカリクレイン-キニン系でも重要な役割をはたしている。この系は血液凝固系の第Ⅻ因子の活性化によりブラジキニンが生成して、血圧や血管透過性、神経終末への痛みの伝達など様々な生理作用を発現する。ブラジキニンはB2ブラジキニン受容体に結合して作用を発現するが、ACE2はB1ブラジキニン受容体に結合する[des-Arg9]-ブラジキニンを分解してその作用を抑制する。

ACEやACE2はアルツハイマー病の発現に関しても関与する。アルツハイマー病では脳にアミロイドβというタンパクが蓄積することが知られており、通常多くみられるアミロイドβは40個のアミノ酸よりなっている(Aβ40)。しかし、アルツハイマー患者の脳には42個のアミノ酸が繋がったAβ42が正常より多く蓄積している。Aβ43はさらにアミノ酸が一つ多く、アルツハイマー患者の脳に最も早い時期に蓄積するアミロイドである。ACE2はこのAβ43をAβ42に分解する。

以上、ACE2の主要な種々の機能を紹介した。ACE2はペプチドのC末端の一つのアミノ酸を加水分解して切り離すカルボキシぺプチダーゼである。基質特異性に差はあるが、非常に多くのペプチドC末端に作用することが知られている。しかし、生体の中ではACE2以外にもACEを含め多くの酵素が主要な太い線だけではなく多くの細い線のネットワークとして働いている。血圧も血流も炎症も免疫もこの複雑なネットワークの結果として構成されている。さらに、生理機能は種々多様なRNAの影響を受けるし、薬の作用発現の面から見ればその吸収、分布、代謝、排泄も極めて重要な要因である。これら生体内で起こる全てを創薬プロセスに組み込むのは不可能である。現在、多くのACEiやARBが医療現場で使われている。これら薬が薬としてなり得たのは、単にその薬の主要な作用である酵素の阻害や受容体での拮抗だけではなく、それ以外の多くの因子をたまたまプラスに乗り越えて成り立った、運に助けられて薬として成立したと考える。

ACE2のダウンレギュレーションとACE/ACE2のアンバランスが、臨床で観察される本感染症の異常な病態を導いている可能性がある。新型コロナウイルスのS-タンパクの細胞膜表面に露出したACE2との結合、ウイルスの被膜と細胞膜の融合から始まるウイルスの侵入と内容物の放出、細胞内での複製、ウイルスの出芽とターゲットは多い。さらに、ウイルスのS-タンパクをベースにしたワクチン、感染で必須のプロテーゼの阻害、ACE2の受容体機能の阻害、あるいは可溶性のACEの活用など、ACE2には多くの疾患に対する治療薬に繋がる可能性があると思う。

参考文献

  1. Turner A.J; ACE2 cell biology, regulation, and physiological functions, The protective arms of the renin-angiotensin system (RAS); Elsevier, 185-189 (2015)
  2. Verdecchia P. et al.; The pivotal link between ACE2 deficiency and SARS-CoV-2 infection, E.J. Int. Med., 14-20 (2020)
  3. Zhang H. et al.; Angiotensin-converting enzyme 2 (ACE2) as a SARS-CoV-2 receptor: molecular mechanisms and potential therapeutic target, Intensive Care Med., 46, 586-590 (2020)