谷学発!常識と非常識 第68話 生命の起源と進化:生命の定義② ―生命の定義はいくらでもある

米国の生物学者ポーパは、生命の定義に関する本を書くために、書物や科学雑誌に発表されている生命の定義をできるだけ集めようとして、約300の定義を集めたところでそれ以上の収集を止めました(※1)。生命の定義がこれほど多いこと自体が決定的な定義がないことを意味します。ウイルスが生物に含まれるかに注意しながら、これらの定義のいくつかを以下に紹介します:

1.辞書にある生命の定義
「生命」の定義を日本語のWeb辞書で検索すると、次のように書いてありました:「生物を無生物ではなく生物として存在させる本源。生命を物質の一形態として発生的にとらえる機械論的考え方と、これを実体として見る生気論的考え方が伝統的に対立する」「生命」の定義に「生物」を使っているので、同じ辞書で「生物」を検索すると、「生命を有するもの」と説明しており、循環論法になっています。説明中に「本源」や「実体」などの哲学的用語が出てくる点も、日本語辞書の特徴です。一方、以下は英語のWeb辞書の「life」の定義です: “the condition that distinguishes animals and plants from inorganic matter, including the capacity for growth, reproduction, functional activity, and continual change preceding death.”(和訳:動物や植物を無機物質から区別する状態であり、成長、繁殖、機能的活動、および死に至るまでの継続的な変化の能力を含む。)英語の定義では、循環論法を避け、生命の4つの属性を挙げて具体的に説明しています。ただし両辞書とも、一般向けのためか、ウイルスは全く無視されています。

2.ドーキンスによる生命論(1976)
英国の進化生物学者リチャード・ドーキンスは著書『利己的遺伝子』(1976)の中に、「地球上すべての生物は遺伝子(自己複製子)の乗り物にすぎない」と書いています (※2)。我々が生命について考えるとき、まず生物の個体(表現型)に気を取られますが、生物の個体は時が来れば失われる存在です。一方、遺伝子は個体という「乗り物」を何億回も乗り継ぎながら数十億年も続いてきました。ドーキンスは「生命の本質はこの遺伝子の連続性にある」と考えました。この定義ならウイルスも立派な遺伝子の乗り物であり、生物です。

3.ド・デューブ(De Duve)による生命の定義(1991)
ベルギーのクリスチャン・ド・デューブは、細胞ホモジェネートの超遠心分画法を確立し、ライソゾームやペルオキシゾームを発見したなどの功績により、1974年にノーベル生理学医学賞を受賞した細胞生物学者です。彼は生命を次のよう定義しました: “a system that can maintain itself in a state far from equilibrium, and that can grow and multiply with the help of a continual flow of energy and matter from the environment”(和訳:平衡状態からかけ離れた状態で自己保存が可能なシステムであり、環境から絶えず流入するエネルギーと物質の助けにより、成長し自己複製するもの)(※3)この定義は明らかにシュレーディンガーの生命論(次の第69話参照)の影響を受けています。この定義では、ウイルスにとっては細胞も環境であるとの解釈を許せば、ウイルスも生物です。

4.NASAによる生命の定義(1994)
 “Life is a self-sustaining chemical system capable of Darwinian evolution”(和訳:生命とは、ダーウイン進化が可能な自己保存的な化学システムである)(※4)この定義は、「進化が可能な(単数の)システム」で生命を種を超えた地球上の全生命を含む単一のシステムとして捉える一方、「自己保存的」では生命を個体や種レベルでとらえています。この定義ならウイルスも生命です。

5.Oliver & Perryの定義(2006)
米国の惑星科学研究所のOliverと Perryは、生命を次のように定義しました: “Life is the sum total of events which allows an autonomous system to respond to external and internal changes and to renew itself from which in such a way as to promote its own continuation.”(和訳:生命とは外的および内的変化に応答することにより、自己の存続を推進するような方法で自己更新する自律的なシステムを可能にする事象の総和である)(※5)。この定義では、「自律的」を「寄生によらず」などと狭く解釈しなければウイルスも生物です。

6.3つの単語による生命のメタ定義(2011)
イスラエルのTrifanovは、論文や書物の中から150種類の生命の定義を抽出し、それらの言語構造を分析して類似の単語をカテゴリ別に分類し、全ての定義に共通する概念によって生命を定義しようと試みました。このような定義を「メタ定義(meta-definition)」と呼びます。得られた生命のメタ定義は、以下のたった3つの単語で表現されました:“self-reproduction with variations.”(変異を伴う自己複製)。彼は「このメタ定義は私たちが知っている生命も、今後他の天体で発見されるかもしれない生命の両方を包含できるため、有用である」と主張しています(※6)。この定義ならウイルスも生物です。ただしこの定義には、短い定義に付き物の、「代謝、細胞、遺伝情報といった生命の重要な特徴が欠けている」、といった批判があります(※1)。しかし、これらの条件を追加すればウイルスを生物から排除することになります。

7.情報理論的な生命の定義(2017)
情報理論的な観点を取り入れた最新の生命の定義を紹介します。米国サンタフェ大学の研究グループは、「生命とは有益な情報の記憶と使用を最適化する演算装置とみなすことができる」と定義し、更に「生物の実体とは、熱平衡を回避するため環境に適応し、情報を使ってエネルギーを収穫する存在とみなすことができる」と説明しています(※7)。上記の「有益な情報の記憶」には2種類あり、1つはその種が進化の過程で獲得してきた遺伝情報であり、もう1種は個体が後天的な経験と学習によって獲得した情報です(※1)。また、「熱平衡を回避するため……」は、シュレーディンガーの「生物はエントロピー増大の法則に抵抗する存在である」との考え方を反映しています(次の第69話参照)。この定義でも、細胞を環境と見做せば、ウイルスも生物です。以上のように様々な生命の定義が存在する理由は、「生命」には極めて多くの側面があるため、生命とは何かという問題が単純な化学や物理の問題ではなく、哲学的問題でもあることによります(※1)。(次の第69話「生命の定義② ― シュレーディンガーの生命論」に続く)

(馬屋原 宏)

引用文献
1)Zimmer C.:https://www.science20.com/carl_zimmer/can_science_define_life_three_words-86052
2)リチャード・ドーキンス:『進化とは何か』.吉成真由美(訳・編)、早川書房(2014)
3)C.de Duve:Blueprint for a cell — The nature and origin of life. pp 275. Neil Patterson Publishers, Burlington, North Carolina. 1991. 
4)NASA: https://astrobiology.nasa.gov/research/life-detection/about/
5)Oliver, J. D. & Perry, R. S. Definitely life but not definitively. Orig. Life Evol. Biosph. 36. 515-521 (2006).
6)Trifonov, Edward N.: 
“Vocabulary of Definitions of Life Suggests a Definition” (PDF). Journal of Biomolecular Structure & Dynamics. 29 (2): 259–266. (2011)7)Philip Ball:https://wired.jp/2017/07/25/life-death-spring-disorder/