谷学発!常識と非常識 第71話 生命の起源と進化① ――生命はいつ、どこで発生したか?
1.冥王代:地球の誕生から生命の発生まで
約46億年前、宇宙を漂う星間物質(岩石、氷、水素ガス等)が重力により凝縮して太陽系が誕生しました。星間物質の大部分は原始太陽の材料となり、残りは太陽の周囲を回転しながら更に重力凝縮して惑星とその衛星、小惑星、彗星などが誕生しました。地球の誕生から生命の発生までの約6億年間を地質学用語で冥王代といいます。生命が存在しない地球を冥界にたとえて、その王の名から名づけられました。誕生直後の地球は、放射性物質の崩壊熱、重力による岩石の圧縮熱、次々に落下してくる小惑星等の衝突エネルギーにより全体が灼熱のマグマ状態でした。地球が球体であるのは、かつて溶融状態にあった証拠です。時間の経過とともに表面が冷えて地殻ができ、高温高圧だった大気が冷えると、大気中の水蒸気が大量の雨となって地表に降り注ぎ、雨水か低地に溜まって海が誕生しました。なお、地球の内部は現在でも放射性物質の崩壊熱で流動的です。自転の遠心力で極方向と赤道方向で重さが異なるため、コアの外殻やマントル内部に対流が生じます。電離した鉄が主成分のコアの外殻が対流すると磁力を生み、地球は巨大な磁石となります。磁力線は太陽風(高速の荷電粒子)のバリアーとなり、地球の環境を生命の誕生と生存にふさわしいものにしました。また海の存在も地球の環境を比較的安定化し、生命が誕生しました。その時期は約38億年前(最古の堆積岩中に細菌の生痕化石が発見されている)とされてきましたが、現在は約40億年前とされています。また、かつては生命の誕生は奇跡的な稀な現象と考えられましたが、最近では、どの太陽系にも生命の発生や生存に適した領域(ハビタブルゾーン)があり、その範囲内の惑星には生命が発生する可能性があると考えられています(※1)。生命が地球のどこで発生したかに関する仮説のうち、主な3つを以下に紹介します。
2.生命の化学進化仮説(海洋スープ仮説)
生命の化学進化仮説とは、1920年代に旧ソ連のオパーリンが提唱した仮説です。彼は原始地球の大気中で二酸化炭素やアンモニアが化学反応してアミノ酸や核酸塩基のような低次の有機化合物群ができ、雨に溶けて海に集まり、海は大量の有機化合物でスープ状となり、その中で低次の有機化合物から高分子化合物ができ、やがて周囲の媒質から独立して原始的な物質代謝と生長・分裂を行う「コアセルベート液滴」ができ、液滴の進化によって原始的生物が誕生したと考えました。
1953年、シカゴ大学のユーリーとミラーが原始地球の大気組成を模したメタン、二酸化炭素、水素、アンモニア、水蒸気をガラス管内に封入し、1週間放電を続けた結果、ガラス管内の水溜に数種のアミノ酸を含む数十種の有機化合物の生成が確認され、オパーリンの仮説の一部が裏付けられました。その後、実験に用いられた仮想原始大気の組成が誤りであったとされ、別の研究者が再実験した結果、有機化合物は確認されましたが、生成量は激減しました(※2)。一方、分光分析技術と惑星探査技術の発達により、他の惑星の大気や彗星に有機化合物の存在が確認され、更に炭素質コンドライトと呼ばれる比重の軽い石質隕石中にアミノ酸、脂肪酸、核酸塩基等が確認されたため、単純な有機化合物は宇宙に普遍的に存在すると考えられています(※3)。化学進化仮説の弱点は、実験では一定レベル以上の高分子化合物ができないこと、また偶然の化学反応でタンパク質や核酸のような高分子化合物ができる確率は極めて低いとの統計学的な反論があることです。最近では高分子化合物の形成に粘土鉱物のような触媒的に働く物質の関与の可能性が検討されています(※4)。
3.生命の海底熱水噴出孔付近発生説
深海調査船の発達により、海底火山列に沿った海底に無数の熱水噴出孔が発見されています。驚くべきことに、熱水噴出孔の近辺は暗黒の深海底であるにも関わらず、原核生物(嫌気性細菌類)や、これに依存、あるいはこれと共生する無脊椎動物(チューブワーム、二枚貝、甲殻類等)の極めて豊かな生態系が存在しています。地上の生態系は、太陽エネルギーに依存した物質とエネルギーの循環が成立しており、そこでは植物が一次生産者、動物が「消費者」、細菌や真菌が「分解者」です。これに対し熱水噴出孔付近には植物が存在せず、熱水孔から排出される水素、硫化水素、メタン等を酸化して炭酸固定をする化学合成独立栄養細菌を一次生産者とする食物連鎖が成立しています。このような還元的環境が原始地球の環境に近いことから、「生命の起源は深海熱水噴出孔近辺である」とする仮説が生まれました。最近、深海熱水噴出孔において燃料電池様の発電現象が確認されました(※5)。電気エネルギーを利用して生きる細菌も知られており、この発見は生命誕生までの多くの謎を一気に解決する可能性を秘めているとして、今後の進展が期待されています。
4.生命の深部地下発生説
深部地下に生命が豊富に存在するという「地下生物圏」の概念は、定常宇宙論で有名な天文学者のフレッド・ホイルが提唱し、トマス・ゴールドの著書(※6)によって世に知られた仮説です。2009年には地球深部炭素を研究するために世界52カ国1000名以上の研究者で構成される「深部炭素観測機関」が創設され、日本の深部地下探査船「ちきゅう号」も参加した10年をかけた調査の結果、陸上や海底の深部地下5km程度まで、化学合成独立栄養細菌群の支配的な地下生物圏が存在することが確認されました。地下生命圏に棲む微生物には、①水素と二酸化炭素からメタンを生成するもの、②このメタンと硫酸から硫化水素を生成するもの、さらに、③この硫化水素を硝酸で酸化して二酸化炭素を固定するもの等があります。深部地下の環境が原始地球の環境に近いことから、「生命の起源は深部地下で発生した独立栄養細菌である」とする仮説が生まれました。
生命発生の具体的な場所の1つに想定されているのが「自然原子炉間欠泉」です。自然原子炉とはウラン鉱床に地下水が侵入したとき自然に起こる核分裂反応をいい、その痕跡はガボン共和国で複数発見されています。水が中性子減速材として機能し、核分裂反応による熱で地下水が沸騰して無くなると核分裂反応が停止し、再度水が侵入すると反応が再開されることを反復して間欠泉となります。間欠泉洞窟は温度が100℃を超えないため、原始生命の発生と生存に適しています(※1)。
東京工業大学の佐藤友彦氏らは、白馬八方温泉の地下から汲み上げられた温泉水中に真正細菌OD1を発見しました。この細菌は地下の橄欖(かんらん)岩が熱水により蛇(じゃ)紋(もん)岩に変化する過程で放出される水素が定常的に供給される超還元場に適応していると考えられ、彼らはOD1が世界最古の生物の生き残りの可能性が高いと考えています。彼らはOD1が冥王代から現在までの約40億年間、超還元場を求めて地球上を渡り歩いてきた経路を次のように推定しています:
(1)OD1は冥王代の原始大陸のプレート境界の「天然原子炉間欠泉」で発生した。その後、大陸の分裂による海没で中央海嶺熱水系の超還元場に移動した。
(2)太古代後半の海水中酸素濃度の上昇により、H2が豊富な超還元場がトランスフォーム断層(注:中央海嶺を横断する横ずれ断層)に限られるようになったため、OD1はそこに移動。
(3)顕生代になると、OD1はプレートの移動で大陸に付加された蛇紋岩体の超還元場で生き延び、日本列島の大陸からの分離後も生き残って白馬八方温泉水中に発見された(※7)。
OD1が世界最古の生物であると考える根拠について、彼らは以下のように考えています::
『進化論の基礎となる自然選択説(Darwin, 1859)は、「環境の変化が生物進化をもたらす」という考えである。これを裏返せば、「環境が変わらなければ進化は起こらない」ことになる。OD1は40億年前から超還元場に棲息し続けたため、ほとんど進化せず原始的なまま(ゲノムサイズが小さいまま)生き残った冥王代の生きた化石であると考えられる(※7)。』
(次の第72話では、生命がどのようにして発生したかを考えます。)
馬屋原 宏)
引用文献
1)丸山茂徳ら:https://www.youtube.com/watch?v=-mKu5dIns4c&t=81s
2)江川 直:http://www.ha.shotoku.ac.jp/~kawa/KYO/DEM2/weh/origin_of_life/miller.html
3)天文学辞典「炭素質コンドライト」:http://astro-dic.jp/carbonaceous-chondrite/
4)水野克己ら:https://www.geor.or.jp/report/pdf/9-mizuno/9-1%20mizuno.pdf
5)海洋開発研究機構・理化学研究所:http://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20170428/
6)トマス・ゴールド:『未知なる地底高熱生物圏』丸山武志訳、大月書店(2000)
7)佐藤友彦ら:「冥王代の「生きた微化石OD1と超還元場の歴史」、地学雑誌128(4)571-596(2019)
doi:10.5026/jgeography.128.571
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jgeography/128/4/128_128.571/_pdf