谷学発!常識と非常識 第74話 生命の起源と進化④ ―先カンブリア紀の生命の進化と全球凍結
1.地質時代の新区分
地質時代の区分を下図(文献1より引用)に示します。地質時代は大きく陰生代と顕生代に2分されます。陰性代は先カンブリア時代ともいわれ、冥王代、太古代(=始生代)、原生代を含む約40億年間をいいます。顕生代は古生代カンブリア紀以後の約5.4億年間をいい、古生代、中生代、新生代を含みます。下図では長さの割に区分が多い顕生代は下段に約8倍に拡大されています。
この図の地質時代の区分は実は2018年以後、時代遅れになっています。冥王代の次の時代の「始生代」が「太古代」に改められ、また、冥王代と太古代の境目の「38億年前」が「40億年前」に改められたからです。変更の理由は日本地質学会が国際基準に合わせたためです。
2.太古代(旧名=始生代、40億年前~25億年前)
太古代とは、冥王代(第71話参照)と原生代の間の15億年間をいいます。太古代末期までの十数億年間の地球には分子状酸素が殆ど存在せず、嫌気性細菌だけが棲む世界でした。嫌気性細菌にはエネルギー獲得のために水素と二酸化炭素からメタンを産生するもの、このメタンと硫酸から硫化水素を産生するもの、この硫化水素を硝酸で酸化するものなどがいて、これらの嫌気細菌は現在でも酸素が到達しない深部地下生物圏に大量に棲息しています。
しかし、太古代末期の約27億年前になると、太陽光エネルギーを利用する光合成細菌シアノバクテリア(藍藻)が海水中に初めて出現しました。藍藻と言っても真核植物の藻類とは全く異なる真正細菌(原核生物)であり、最近は誤解を避けて「シアノバクテリア」と呼ぶのが一般的です。
シアノバクテリアの出現は地球環境を一変させ、大古代を終わらせました。この細菌は太陽光を利用して二酸化炭素(以下CO2)を分解し酸素を産生します。その結果、大気中のCO2濃度が低下し、海水中や大気中の酸素濃度が上昇しました。海水中に溶けていた鉄分は酸化されて大量に沈殿し、縞状鉄鉱層を形成しました。現在オーストラリアが輸出する鉄鉱石は、この時代に形成されたものです。また、大気中酸素濃度の上昇により上層大気にオゾン層が形成されました。
3.原生代(25億年前~5.4億年前)
約20億年間続いた原生代に起きた最も大きな事件は、原生代初期の約22億年前に、地球が全球凍結に襲われたことです。全球凍結とは、地球全体に暴走的な寒冷化が起こり、本来北極と南極および高山に限定されるはずの氷河や氷床が拡大して、遂には赤道に達し、地球全体がスノーボール(雪玉)状態になることをいいます。このとき陸上は数km、海面も1km以上の厚さに全面凍結したといわれます。全球凍結の証拠は、大陸移動を考慮した当時の赤道直下に、迷子石などの氷河遺構が発見されたことです。原生代末期の7.5億年前と6.3億年前にも、全球凍結があったといわれています。全球凍結の原因と凍結状態からの脱出については、第4・5項で扱います。
一旦全球凍結状態になると、長期間(数百万年とも数千万年ともいう)、この状態が続きます。
しかし、深部地下、温泉、海底熱水噴出孔付近では全球凍結後も環境が殆ど変わらないので、一部の生物は生き残り、全球凍結終了後の原生代初期に爆発的に増殖・進化しました(※2)。
その爆発的進化の中から、約20億年前に原核細胞から核膜に囲まれた核を持つ真核細胞が進化しました。また、真核細胞内に共生するプロテオバクテリアの1種からミトコンドリアが進化し、細胞内小器官を持った細胞が初めて出現しました。約40億年前の生命の誕生から核膜を持った真核細胞が出現するまでに20億年もかかった理由は、シアノバクテリアの誕生によって地球に好気的環境が出現するまでの十数億年間は、地球上に嫌気的環境しか存在しなかったため、嫌気性細菌(原核細胞)が別の環境に適応するために進化する必要性が全くなかったためと考えられます。
ミトコンドリアの進化によって最初の細胞の巨大化が起きました。巨大化できた理由は、細胞が大型化してもミトコンドリアが細胞全体に効率的にエネルギーを供給できることと、多数のミトコンドリアを含む真核細胞のサイズが概して原核細胞の1000倍~100万倍大きかったためです(※3)。
原生代末期の約10億年前にはすでにミトコンドリアを持っていた真核細胞に寄生していた光合成細菌が葉緑体に進化し、最初の植物細胞が誕生しました(※3)。また、原生代末期の約10~6億年前には多細胞生物が出現し、このとき2度目の生物の巨大化が起きました。
4.全球凍結の原因
原生代初期の最初の全球凍結には複数の原因が重なっています。第1の原因は約27億年前から数億年間続いたシアノバクテリアの光合成の結果、大気中のCO2濃度が大きく減少したことです。また、CO2の約25倍の温暖化効果を持つメタンが酸化されて大気中から消失しました。これら温暖化ガスの減少が地球を寒冷化したと考えられます。第2の原因は、同じ頃に赤道付近に超大陸(パンゲア)が形成されたことです。太陽熱と風雨が超大陸の珪酸塩岩を風化し、CaやMgなどの軽金属イオンが雨水に溶けて大量に海洋に運ばれ、海水中の炭酸イオンと化合し、炭酸塩岩となって大量に沈殿しました。海水中の炭酸イオンは大気中のCO2と平衡状態にあるため、大気中のCO2が大量に海水中に移行して大気中CO2濃度が激減し、地球が寒冷化したと考えられます。CO2濃度の減少がある限界を超えると、暴走的な地球の寒冷化が始まります。これは寒冷化によって拡大した氷床が太陽光をより多く反射して地球に入射する太陽エネルギーを減少させるため、ますます寒冷化するという、寒冷化の方向への正のフィードバックが働くからです(※4)。
5.全球凍結状態からの脱出
全球凍結仮説が登場したとき、殆どの研究者は全球凍結を否定しました。理由は、全球凍結が正のフィードバックによって起こるので、一旦全球凍結状態になると地球は永久に凍結状態から抜け出せないと考えられたからです。すなわち、現在凍結状態でないことは全球凍結が1度も起きなかった証拠であると考えられました。また、全球凍結が起これば生命は絶滅すると考えられたため、実際には生命は一度も途切れていないことから、全球凍結はなかったと考えられたのです。
しかし、全球凍結状態でも、火山活動は続きます。火山ガスの主成分はCO2であり、植物によるCO2固定がない状態で長時間経過すれば大気中CO2濃度が徐々に上昇し、その温室効果により気温も徐々に上昇します。気温が数十度上昇すると、ついには赤道付近から氷床が溶け始め、全球凍結は終わります。前述のように全球凍結が長期間続いても一部の生物は生き残り、気温が上昇した次の古生代に適応放散により爆発的に増殖・進化しました。
(次の第75話では古生代以後の生物進化と繰り返された大量絶滅について述べます。)
(馬屋原 宏)
引用文献
1) グレゴリウス講座: http://gregorius.jp/presentation/page_03.html
2) 長谷川政実(監修)・畠山泰英(編集):『世界で一番素敵な進化の教室』、(株)三才ブックス(2019)
3) NHK: https://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/seibutsukiso/archive/resume007.html
4) 能田成:「デージーワールドと地球システム」,大阪公立大学共同出版会(2017)