【薬学雑談】くすり(9) 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染と血栓症
2021.6.16
名古屋市立大学薬学部 土井孝良
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染によるパンデミックが発現して1年半が経過し、このウイルスの特徴もかなり明らかになってきた。その中でも、COVID-19と心血管障害との関連はSARS-CoV-2感染が報告されてきた初期から注目されてきた。実際、COVID-19の患者の方々の入院時の検査で血小板数の減少が観察され、血液凝固の亢進が予想された。さらに、これらの患者では細小血管内に微小血栓が多発する播種性血管内凝固症候群のような種々の血栓疾患が多く観察され、この所見が疾患の重篤化や致死性に関与することが推測された。しかし、SARS-CoV-2感染に起因した血液凝固系の活性化のメカニズムはまだ充分に明らかにはなっていない。
インフルエンザ、HIV、HCV、エボラ、デング熱などの多くのウイルスにおいても、その感染時に血栓症が発現することが知られている。これらのウイルスにより発現する血栓症の発現メカニズムが同一かどうかは不明である。一般的な血栓発現のステップとしては、ウイルス感染後の出芽時に血管が傷害を受ける。その結果として活性化した血小板が血管の内皮に付着て血栓が生じ、動脈性のうっ血や肺塞栓に至ると考えられる。インフルエンザでは宿主細胞からの出芽時に、ウイルス自身のエンベロープとして細胞膜を利用する。その結果、当然細胞は傷害を受けるので血小板が活性化され、制御不能の血液凝固のカスケードが発生し肺の炎症にいたると考えられる。
ACE2は血圧を制御しているアンジオテンシン系の変換酵素の一つである。ACE2は気道や肺細胞だけでなく、小腸や大腸などの消化管系の血管壁にも多く存在している。インフルエンザの主な感染経路は空気であり、呼吸器への感染およびその障害が重要になる。一方、SARS-CoV-2の主感染経路は接触感染であり、経口での感染が重要になる。消化器系の細胞の表面積は呼吸器系よりもかなり広い。SARS-CoV-2のS-タンパクは消化器細胞表面のACE2と結合してRNAを宿主細胞内に注入する。SARS-CoV-2は細胞内ですでにエンベロープをまとって出芽する。その際に何らかの傷害を細胞に与えると考えられ、その修復のために血液凝固系の亢進が発現する。生じた血栓は門脈経由で肝臓に運ばれて障害を与える。しかし、肝臓には心臓経由の動脈血も流れ込んでくることから、肝臓の障害はある程度抑制されると考えられる。肝臓を通り抜けた小さな血栓は心臓経由で肺に流れ、間質性肺炎を発現する。また、消化管で生じた小さい血栓は全身の循環器系にも流れることから、多くの臓器に障害が発生すると推測される。この点がインフルエンザと異なる。インフルエンザは主に空気感染であり、その受容体であるシアル酸は気管支や肺細胞の表面に多く存在する。従って、インフルエンザ感染における疾患部位は主に呼吸器系であり、間質性肺炎などが発現する。
リコンビナントのヒトACE2タンパク質やSARS-CoV-2のS-タンパクに対する抗体は血小板の活性化を阻害し血栓症を抑制すると報告されている。多くのCOVID-19の患者ではしばしば血小板の活性化が報告される。COVID-19の患者の血液に関し、血小板の活性の程度の評価、たとえば平均血小板容量、血小板数の減少、血小板-白血球凝集能などの測定によりCOVID-19の重篤度の正確な診断が可能となり、COVID-19による致死率の低下につながると考える。
参考文献
- Dario B., et.al: SARS-CoD-2 infection is associated with a pro-thrombotic platelet phenotype, Cell Death Disease, 12,50 (2021)
- Laura K Gadanec, et.al: Can SARS-CoV-2 virus use multiple receptors to enter host cells?, Int. J. Mol. Sci., 22, 992 (2021)
- 井上正康、松田学:新型コロナが本当にこわくなくなる本(方丈社)、(2021)
- Si Z., et.al: SARS-CoV-2 binds platelet ACE2 to enhance thrombosis in COVID-19, J. Hematol.Oncol., 13, 120 (2020)