谷学発!常識と非常識 第42話 卵子の加齢について ~少子化の隠れた要因の一つ?~ 4.人口動態統計より

4.人口動態統計(厚労省)より見た少子化の現状

2018年6月1日に発表された人口動態統計によると(毎日新聞)11)、2017年度の出生数は946,060人で、統計開始(1899年)以降では最小となり、100万人を割り込みました(図4)。この数字は、日本の少子化に歯止めが全く掛っていないことを示しています。
そこで、以下の項目について、さらに詳しく見てゆきます。

図3.平均初婚年齢と母親の平均出生時年齢
(garbagenews.net 11)より)

4.1 婚姻率

婚姻率の2015年の値は0.5%で、人口1,000人につき5人が結婚した計算となります。1986年頃より、婚姻率は0.6%を保っていましたが、2000年代に入ると0.5%台に下落しました。なお、離婚率は2000年代以降では0.2%前後を推移しています。

4.2 平均初婚年齢と平均出生時年齢の推移

1950年の初婚年齢は男性が26歳で女性が23歳だったのが、2015年では初婚年齢は、男性が31.1歳、女性が29.4歳と、1970年代以降上昇を続けています。初婚年齢の上昇も要因の1つか、第一子出産時の女性の平均年齢は、2011年以降30歳を超えました(図3)。ちなみに、1950年では24.4歳で、この60年間で6歳、上昇しています。

4.3 母親の年齢別にみた出生数

高度成長期以降は20代での出産が減り、30歳以上の出産が増えています。出産する年齢層の変化は、単なる人口の減少ではなく、若年層(20代)による出生数の大幅な減少と、中高年層(30代以上)による出生数の漸増という状況変化によるものです。1970年では20代までの出生数が7割強だったのに、2017年ではこれが4割を切るまでに減少しました。

図4.出生数と合計特殊出生率 (https://mainichi jp12) より)

4.4 合計特殊出生率

これは「一人の女性が一生のうちに出産する子供の平均数」を示す数値です。この値が2.0なら、夫婦2人から子供が2人生まれ、その世代の人口は維持されることになります。実際には、種々な原因による減少を加味し、人口維持のための合計特殊出生率は2.07から2.08とされています 。これを「人口置換水準」と呼びます。
日本では、戦前(1945年以前)は4.0以上だったこの数値が、戦後の1947年以降急落し、図4に示すように、1974年には人口置換水準を下回る2.05となってしまいました。2017年の数値は1.43でした。2005年の最低値1.26から、ここ10年程は微増傾向にありますが、我が国の人口回復は全く望めない状況といえます。合計特殊出生率を女性年齢階層別に見ても、「20代による出産減少」と「30代以上による出産微増」が見て取れます。

5.まとめ

少子高齢化については、馬屋原さんが第16話で書かれています。この中で、馬屋原さんは、少子高齢化を生物進化論的、文化的、地理学的、世界史的な観点からの分析結果から、先進国の少子高齢化は不可避であることを紹介されています13)。
今回、私は生殖生物学的観点から、卵子、特に卵子の加齢に的を絞って、出産年齢の高齢化による影響を論じたいと思います。

5.1 配偶子形成と減数分裂

配偶子(精子と卵子)を作る時、体細胞の染色体数(2n)を半数にするために減数分裂が行われます。減数分裂にはもう一つの生物学的使命として、種の保存のために配偶子の遺伝的多様性を生み出すことがあります。第39話、1.3に書いたように、ヒトでは約840万通りの配偶子が作られ、およそ70兆通りの次世代が生まれる可能性があります。こうして、配偶子の遺伝的多様性をより広めることにより、過去に地球上で何度も起こった小惑星衝突や火山大噴火などによる、生命の大量絶滅をもたらすような生息環境の激変にも、耐えうる子孫を残すべく、動物の長い進化の過程で獲得したものと考えられます。
福岡伸一氏は、朝日新聞のコラム欄14)で「想定外」の事態にいかに備えておくべきか、生命現象に学んでみようと、免疫システムを取り上げていますので、ご紹介しましょう。
「免疫システムはDNAのランダムな組み換えと積極的な変化によって、100万通り以上の抗体を準備する。このなかのどれかがいざという時に役立てばよい。大半の抗体は使われないまま終わる。脳の仕組みでは、神経細胞同士のシナプス結合の際もこの原則に従う・・・(中略)・・・。無作為に大過剰を作り出すことは、一見無駄に見える。しかし、生命はあえてそうしている。無作為は作為にまさる。過剰さは効率を凌駕する。過去38億年間にわたり、いかに環境が激変しようとも、一度も途切れることなく生命が続いてきた事実が証明していることなのだ。」
このように、生命体は、個体を守るためにも、あるいは種そのものの存続のためにも、同じような仕組みを体内のあちこちで働かせているのです。

5.2 卵子の長期休眠

卵原細胞は胎児期に増殖を完了し、卵母細胞(卵子)の状態で出生します。その後、早くても初潮時までの13年間、遅ければ閉経時までの約50年間、卵母細胞は減数分裂を途中で中断したまま卵巣内で生き続け、来るべき排卵に備えています。これは、大脳や小脳の神経細胞にも比肩しうる15)、長寿の細胞といえるでしょう。このような卵子の途中休眠は、動物界では広くみられる現象です。
しかも、細胞分裂期は外部からの影響を受けやすい、極めて不安定な時期といわれています。減数分裂途上での長期間の休眠でも、遺伝子や染色体に変異を起こし、配偶子の遺伝的多様性を高めることになります。

5.3 高齢出産

動物種の一つとしてのホモサピエンスの生殖可能期間については、いろいろの説がありますが、おおよそ25~30年間と言われています。昨今、寿命100歳ともいわれる時代に、人生の1/3しか経っていない35歳以上の出産が相変わらず高齢出産といわれるのは何故でしょうか。寿命100歳というのも、この二十年間に顕著になった現象です。自分たちが発展させた人間社会が急速に進歩したとしても、生物としてのヒトの身体の仕組みが、短時間で容易に変わることはありえません。生物としてのヒトと、そのヒトが作り出した文明とのギャップのなせる業と考えられます。35歳以上の妊娠は、ダウン症のほかにもさまざまな染色体異常や、先天異常、流産、妊娠中毒症などのリスクが高い事は、既に述べたとおりです。

6. あとがき

少子化の原因は、始めに述べたように多種多様です。私が思うに、そのなかでも、農村から都会への人口流出と、それに伴う核家族化が大きな要因のひとつでしょう。核家族化により、若い核家族の子育てへの経済的負担増や、同居家族による協力が得られないことなどが課題と考えます。さらには、高学歴化による平均結婚年齢の上昇、共働き夫婦の増加、女性の社会進出と社会的地位の上昇などが、少子化に影響していると考えられます。
政府も行政も、手をこまねいているわけではありませんが、それらの諸施策は全て男性の目線でたてられ、これまでに効果的な成果が得られているとは思いません。そこで発想を転換して、「妊娠・出産・育児」を、天から授かった家族が成長する一つの機会としてとらえ、女性の目線に立って、この機会を享受できる政策を作ることが必要でしょう。

本編は、北大関西同窓会の定例講演会で、昨年12月(三金会)と今年5月(二水会)に講演した内容を投稿用に編集したものです16)。

参考資料
11. http://www.garbagenews.net/archives/2020939.html
12. https://mainichi.jp 毎日新聞, 「人口動態統計 17年の出生率 1.43 2年連続で低下」.
13. 馬屋原宏, 2004. 少子高齢化. 安全性評価研究会ホームページ、常識と非常識、第16話. tanigaku.jp/wp/?p=1116.
14. 福岡伸一, 2018. 動的平衡. 朝日新聞コラム欄. 2018. 9.20.15. 馬屋原宏, 2018. 成人の脳神経細胞は増殖するか. 安全性評価研究会ホームページ. 常識と非常識、第34話 https://tanigaku.jp/wp/?p=1792.
16. 菊池康基, 2018. 卵子の加齢 -少子化を生殖発生学の視点から考える-. Be ambitious、北海道大学関西同窓会会報、80:60-64.

(菊池康基)