くすり(2)新コロナウイルス感染と受容体であるアンジオテンシン変換酵素の関係
日本薬科大学一般薬学部門 土井孝良
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はSARS-CoV2による感染症で、WHOが命名した病名である。COVID-19とはcoronavirus disease 2019の略である。SARS-CoV2とはsevere acute respiratory syndrome coronavirus 2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)の略で、ウイルスの名前である。
心疾患、特に高血圧の患者の多くがアンジオテンシン変換酵素(ACEあるいはACE1)の阻害薬、あるいはアンジオテンシンⅡ受容体(AT1R)の拮抗薬であるARBを服用している。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が報道された早い時期に、これら2剤を服用している患者の感染後の重症化を危惧するというニュースが、特に一部のメディアで強く報道された。その根拠は、ACE阻害薬あるいはARBを投与されると、SARS-CoV2感染受容体であるACE2の上昇が観察されるという報告にあった。しかし、2020年の3月17日に米国心臓協会、米国心不全学会、米国心臓病学会の3学会は「ACE阻害薬、ARBの服用はSARS-CoV2感染後の重症化要因にはならない」とする共同声明を発表するとともに、「心不全や高血圧を持病として持ち、これら2剤によって治療を受けている患者の使用の継続」を呼びかけた1)。その後、ACE阻害薬やARBの使用の有無は、SARS-CoV2感染の重症化に影響を与えないことが臨床研究で示された 2,3) 。
なお、SARS-CoV2感染患者におけるACE阻害薬やARBの有害性は、これら薬物により生体のACE2が増加し感染受容体となるという推論だが、逆に血中に遊離するACE2はSARS-CoV2と結合することで細胞への侵入を阻止し、感染を予防するという報告もある 4)。
SARS-CoV2の受容体としてのACE2について記載する前に、循環器系におけるレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系を説明する。心不全は心臓機能が低下し、十分な血液を供給できなくなった状態であり、全ての心疾患の終末像である。心臓のポンプ機能が障害され心拍出量が低下すると、代償的に交感神経やレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系が活性化され、心拍出量が維持される。特に、腎血流量が低下すると腎糸球体細胞からレニンという酵素が血中に分泌される。レニンは血中のアンジオテンシノーゲン(453アミノ酸)のN末端を切断し、アンジオテンシンI(AngI(1-10)、10アミノ酸)を生成する。アンジオテンシノーゲンは主に肝臓で生成されるが、内臓脂肪細胞の増加によって産生・分泌が高まることが知られている。AngI(活性なし)は血流にのって肺を循環している時に、アンジオテンシン変換酵素(ACE1)により切断され、アンジオテンシンⅡ(AngⅡ(1-8)、8アミノ酸)を生成する。AngⅡはその受容体であるAT1Rに結合して血管を収縮させるとともに、酸化ストレス、炎症、線維化、血管透過性、増殖、血管透過性の亢進による浮腫を起こす。一方、生体にはAT1Rと拮抗する受容体であるAT2Rが存在する。AngⅡはAT2Rに結合すると血管を拡張するとともに、AT1Rと逆の反応を生体にもたらす。前に述べたように、心臓のポンプ機能が落ちるとAT1Rの発現が高まるが、その結果として高血圧、炎症などが生じればACE2およびAT2Rが上昇してそれを抑える。しかし、ACE2の上昇はSARS-CoV2感染のリスクを上げるという結果をもたらす。
AngⅡはACE2によって切断され、Ang(1-7)を生成する。この結果は、ACE2がAngⅡを分解することでその作用を抑えるとともに、Ang(1-7)がMasRに結合して血管を拡張させる。この様に、ACE1/AT1RとACE2/ATR2は相互作用しながら拮抗する関係にある。
ACE2はⅠ型膜貫通タンパク質であり、細胞の外側にペプチドのN末端、細胞膜を突き抜けて細胞の内側にC末端が露出している。SARS-CoV2はACE2の細胞外のN末端に結合し、ADAM17というメタロプロテアーゼがACE2を切断し、切りはなす。次に、TMPRSS2(transmembrane protease, serine 2)の作用で宿主細胞の膜とSARS-CoV2の包膜が融合し、クラスリン依存的なエンドサイトーシスにより細胞内に侵入する5)。このTMPRSS2というプロテアーゼの阻害薬は膵炎の治療薬として国内既に発売され、長年使用されている6)。ドラッグリポジショニングなので臨床データの蓄積がある。今後のCOVID-19の治療薬としての検討が期待される7,8)。
最近のSARS-CoV2感染患者の重症例のデータから、血栓が重要な因子として上がってきた。血栓で血管が詰まると様々な臓器に障害が生じる。オランダのデータでは集中治療室に入った入院患者の内、31%に血栓に伴う合併症がみられ、このうち81%が突然の呼吸困難を発症する急性肺塞栓症であった。重症化を予測する指標の一つとして、血液凝固系を評価するDダイマーが注目されている。
引用
- CareNet; 「降圧薬でCOVID-19は重症化しない」、米国3学会が共同声明、2020/4/1
- CareNet; ARBとACE阻害薬、COVID-19への影響みられず/NEJM、2020/5/14
- CareNet; 降圧薬の処方内容はCOVID-19予後に影響するか?(解説:冨山博史氏)、2020/5/20
- Zhang H. et al.; Angiotensin-converting enzyme 2 (ACE2) as a SARS-CoV-2 receptor: molecular mechanisms and potential therapeutic target, Intensive care medicine, 46, 586-590 (2020)
- Milewska A. et al.; Entry of human coronavirus NL63 into the cell, 92, eO1933-17 (2018)
- 井上純一郎 et al.;新型コロナウイルス感染初期のウイルス侵入過程を阻止、効率的感染阻害の可能性のある薬剤を同定、東京大学医科学研究所プレリリース (2020)
- Hoffman M. et al.; SARS-CoV-2 cell entry dependents on ACE2 and TMPRSS2 and is blocked by a clinically proven protease inhibitor, Cell, 181, 271-280 (2020)
- Rossi G. et al.; Potential harmful effects of discontinuing ACE-inhibitors and ARBs in Covid-19 patients; eLife, 9, e57278 (2020)