谷学発!常識と非常識 第66話 生命の起源と進化:ウイルスの話③ ――ウイルスは無生物という「常識」が揺らいでいる

1.巨大ウイルスの発見
今世紀に入ってから、「ウイルスは無生物である」という「常識」を揺るがす新発見が続いています。細菌は光学顕微鏡で見えますが、ウイルスは通常見えません。その理由は、ウイルスが代謝を宿主に依存しているため代謝関連遺伝子を持たず、遺伝子数が少ないからです。例えばヘルペスウイルスの直径は大腸菌の長さの約10分の1で、遺伝子数は大腸菌の約50分の1です(※1)。ところが1992年、英国で病院の空調の冷却水槽内に棲むアメーバの体内に光学顕微鏡で観察可能な未知の粒子が発見され、当初はグラム陽性菌に分類されましたが、2003年に電子顕微鏡的研究により、正二十面体のキャプシド(外殻)を持つ巨大ウイルスであることが確認されました。表面繊維を含めた直径は約0.75μmと、小型真正細菌のマイコプラズマの直径の2倍以上もあり、細菌を真似た(mimic)という意味で「ミミウイルス」と命名されました(※1)。
更に2013年には、南米とオーストラリアで、川底の泥の中に棲むアメーバから長径約1μmの超巨大ウイルスが発見され、「パンドラウイルス」と名付けられました。同様の巨大ウイルスはシベリアの永久凍土の中からも見つかっています。下図(文献1より引用)は、これら2種の巨大ウイルスと、2種の真正細菌、および2種のウイルスの大きさと遺伝子数を比較したものです。

巨大ウイルスは、通常のウイルスよりも遥かに多くの遺伝子を持っているため、通常のウイルスよりも高い自立性を保持しています。例えばミミウイルスは、既知のウイルスとは全く異なる方法で増殖します。ミミウイルスは、アメーバの食作用によって細胞内に取り込まれます。食胞はライソゾームと融合してウイルスは消化されますが、ミミウイルスは消化される前にスターゲートと呼ばれる5角形の星状のゲートを開き、ウイルスゲノムを細胞質内に放出します。ウイルスがアメーバに取り込まれてから約5時間後には、細胞質にアメーバの核ほどの大きさの「ウイルス生産工場」と呼ばれる高電子密度の構造ができ、その内部でウイルスゲノムの増殖とウイルスタンパク質の合成が起こり、ウイルスが組み立てられ、完成したウイルスはアメーバから放出されます(※2)。
2008年には、「ミミウイルス生産工場」に寄生して増殖する別の小型ウイルスが発見され、スプートニク(衛星)ウイルスと名付けられました。このウイルスの特徴は、単独でアメーバに感染することはできず、ミミウイルスまたは「ミミウイルス生産工場」に限定して感染することです。これはスプートニクウイルスがミミウイルスを宿主とみなしてそれに寄生することを示します。
下左の写真(文献2より引用)はミミウイルスの透過電顕写真です。最も外側には糖タンパク質の長い表面繊維がクリのイガのように密生し、その内側に厚い3重のタンパク質の膜からなる正20面体のキャプシド膜と脂質二重膜があり、最も内側にDNAゲノムを含む球形のコアがあります。写真左上のキャプシド膜の1角にスターゲートの断面が見えています。

2.パンドラウイルスのユニークさ
写真右(文献3より引用)はパンドラウイルスの透過電顕写真です。このウイルスは既知のウイルスや細菌とは全く異なる構造をしています。細長い卵型で、二重の厚い被膜とその内側に脂質二重膜を持ち、一端にゲート構造を持ちます。このウイルスの増殖方法も全くユニークです。ウイルスはアメーバの食作用により細胞内に取り込まれますが、消化される前にゲートの脂質二重膜を食胞の膜と融合させてゲートを開き、ウイルスゲノムをアメーバの細胞質に放出します。放出されたゲノムDNA はアメーバの細胞核へと移行し、そこでゲノムの複製と膜タンパク遺伝子のmRNAへの転写を開始します。このとき核膜が消失し、細胞核の“跡地”は「ウイルス生産工場」に変化します。mRNA は細胞質のリボソームを利用してウイルスタンパク質を合成し、大量のパンドラウイルスが生産され、完成したウイルスは細胞外に放出されます。ウイルス形成はゲートのある方の端から反対の端の方向に向かって、外殻と中身が同時進行的に形成される点もユニークです(※4)。
3.巨大ウイルスは第4のドメインの生物か?
全ての生物は、古細菌、真正細菌、および真核生物(アメーバから人類までを含む)という3つのドメイン(系統分類学の最高の分類概念)に分類されます。巨大ウイルスの最も驚くべき特徴は、保有する遺伝子の大部分が既知の遺伝子と何の共通点も持たない点です。未知の遺伝子の割合は、ミミウイルスの場合は約60%(※1)、パンドラウイルスでは実に93%を占めます(※3)。これは巨大ウイルスが実はウイルスではなく、また上記3ドメインのどれにも属さない新型の微生物である可能性を示唆しています。巨大“ウイルス”は、古細菌と真正細菌が分岐した約38億年前よりも前の、これらと共通の祖先の子孫であり、第4のドメインの存在を示唆している可能性があります(※1・3)。巨大“ウイルス”の発見は、その名のように、全く新しい系統分類学や進化論、全く新しい生命の定義などが詰まった「パンドラの箱」を開いてしまったようです(※3)。
(次の第67話からは、生命の定義についてまとめます。)


(馬屋原 宏)

引用文献
1)緒方博之:巨大ウイルスから見える新たな生物界の姿、生命誌ジャーナル、84号(2015)
https://www.brh.co.jp/publication/journal/084/research/1.html
2)Wikipedia:ミミウイルス科
3)National Geographic News:パンドラウイルス、第4のドメインに?
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8175/
4)武村政春:1. 巨大ウイルスの細胞侵入・増殖機構.ウイルス,第66巻第2号,pp.135-146(2016)
http://jsv.umin.jp/journal/v66-2pdf/virus66-2_135-146.pdf