【薬学雑談】くすり(7) ホスホリピドーシス(リン脂質症)

2020.12.25
           日本薬科大学一般薬学部門 土井孝良

医薬品の安全性評価を担当している研究者は、電子顕微鏡の病理像でラメラ構造(層状構造)をみるとホスホリピドーシスと思う。しかし、一般的には人体におけるラメラ構造というと、まず皮膚の角質層が頭に浮かぶのではないだろうか?角質層は外界と接している体を細菌、紫外線、化学物質などから守るために、角質細胞(水)と細胞間脂質(油)が何層にもサンドイッチ状になったラメラ構造で成り立っている。細胞間脂質は体内から水分が蒸散するのを防ぐバリアーでもある。日本人女性は世界で一番お肌の管理に厳しいという。肌荒れは低温・低湿度やストレスによる角質層の乾燥が主な原因と考えられる。

薬物の暴露に起因して発生するラメラ構造が観察されるリソソームは、真核細胞の細胞小器官の一つである。リソソームは生体膜に包まれた構造の細胞内での高分子の消化の場である。リソソームの内腔はpH5前後と酸性が保たれており、種々の加水分解酵素を含む。中性状態ではこれらリソソーム内の加水分解酵素は不活性であり、不必要な反応を防いでいる。加水分解酵素は粗面小胞体で合成された後、マンノースが付加され、さらにマンノースにリン酸が付加される。生じたマンノース-6-リン酸はリソソームに運ばれるシグナルとしてマンノース-6-リン酸受容体に認識され、リソソームへのタンパク質輸送に関与する。分解される生体高分子はエンドサイトーシスやオートファージなどの経路でリソソームに輸送される。

リソソームは2段階に形成される。一次リソソームは分解する基質を含まない小胞で、分解されるべき物質を含んだ小胞と融合した後は二次リソソームと呼ばれる。これまで、リソソーム内の脂質は加水分解されるのに、なぜリソソーム膜自体は分解されないのかという疑問があった。その答えとして、①リソソーム膜の内腔側は多くの糖鎖で覆われているので、加水分解酵素が近づけない、②リソソーム内腔には糖で修飾されていない膜で出来た小胞が存在し、実際の加水分解酵素による基質を分解する場になっている、の二つがその主な答えと考えられている。

リソソーム内にはタンパク質、脂質、糖などの生体高分子をアミノ酸、リン脂質、糖、核酸などにまで分解する約60種の加水分解酵素が存在する。リソソーム中のある一つの酵素が欠損すると分解されるべき基質がリソソーム内に蓄積し、リソソーム病(リソソーム蓄積症)を発症する。リン脂質は厳密な連続したステップで分解されるので、一つのステップが阻害されても全体の分解系が阻害され、基質の蓄積が起こる。

約60種類のリソソーム症が知られ、多くは常染色体劣性遺伝の遺伝形式をとる先天性代謝依存症である。酸性スフィンゴミエリナーゼの異常・欠損のよって、基質であるスフィンゴミエリンがリソソームに蓄積するニーマン・ピック病A型、B型などが知られている。

脂肪酸とアルコールのみから構成されている脂質を単純脂質という。特に、脂肪酸(飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸)とグリセロール(三価アルコール)のエステルを中性脂肪という。天然油脂の大部分は(約90~98%)はトリアシルグリセロールで、体内での貯蔵脂肪として重要である。

一方、脂肪酸とグリセロールの様なアルコール以外に、リン酸、糖などを含むものを複合脂質という。リン酸を含むものをリン脂質、糖を含むものを糖脂質という。複合脂質は同一分子内に親水性部分(リン酸、糖)と疎水性部分が共存している両親媒性物質で、脂質二重層からなる細胞膜の主成分となる。リン脂質は脂肪酸がグリセロールに結合したグリセロリン脂質と脂肪酸がスフインゴシンに結合したスフィンゴリン脂質に大別される。糖脂質もグリセロ糖脂質とスフィンゴ糖脂質に大別される。

薬物誘導性のホスホリピドーシス(drug-induced phospholipidosis)は陽イオンと疎水性部分の両者を持つ薬物であるCADs(cationic amphiphilic drugs)の長期暴露により発生する。CADsの陽イオンは1級、2級、あるいは3級アミンである。中性領域ではCADsはむしろ分子形となり、疎水性であることから細胞膜を貫通して細胞内に入り、最終的にリソソームに取り込まれる。このメカニズムの効率性はそれぞれのCADsの化学的特性、即ち次の2つのパラメータが重要である。
 ①pKaが7.4以上で、低いpHではプロトンになること
 ②Log Pの値が2~9で脂溶性を示し、かつ両親媒性を示すこと

ホスホリピドーシスの典型的な病理像はラメラ構造(ラメラ体)であり、病理の専門家ではない私でも分かりやすい層板構造だ。肺、腎臓、肝臓、脳、角膜などでCADsの細胞内蓄積が起こる。ホスホリピドーシスを誘発するCADsに共通の薬理作用はない。従って、ホスホリピドーシスは個々の医薬品の薬効とは無関係に発現するということである。化学構造的に酸性のリソソーム内で陽イオンになるアミンと疎水性部位を有するどんな化合物でもホスホリピドーシスを誘発する可能性がある。長年のホスホリピドーシスの研究にも拘わらず、その発生メカニズムは明確にはなっていない。脂質、特にリン脂質が蓄積するのだから、これらの分解が阻害されたあるいは亢進した可能性が考えられる。また、リン脂質のトランスポートの阻害あるいは亢進という可能性もある。

リソソーム内は酸性であり、多くのタンパク質はその領域で陽性に荷電している。一方、リソソーム内に多く存在する小胞の膜は陰性脂質であるBMP(bis(monoacylglycero)phosphate)などにより陰性に荷電している。これら小胞の陰性の膜はリソソーム内の陽性に荷電した加水分解酵素を引き込み、脂質の異化作用を行う。健常な哺乳類の組織では、小胞自体はその中の複合脂質及び他のタンパク質とともに完全に消化される。

ところが、リソソーム内の陰性に荷電した小胞に陽性に荷電したCADsが取り込まれると、陽性に荷電した加水分解酵素は遊離され、さらにリソソーム内の加水分解酵素で分解されていく。その結果、小胞の高分子を加水分解する能力は低下し、リソソームへの脂質、疎水性物質、CADsなどの薬物の蓄積は雪だるま式の悪循環となる。異化能力が低下し、非分解性のラメラ体が発生し、リン脂質症に至る。

今のところ、ホスホリピドの生合成の亢進、CADsによるリソソームのホスホリパーゼなどの阻害、薬物-ホスホリピド複合体の誘導などの包括的なデータはない。CADsがエンドソーム及びリソソームのタンパク質と直接結合し、その機能を阻害し、リソソームのもつ分解能力を阻害するかも不明である。

リソソーム内の小胞がCADsと多種の脂質で埋め尽くされて、ラメラ体になってしまえば、リソソームでの脂質の異化および細胞質への栄養物の遊離が抑制されると考えられる。その結果、細胞は新しいリソソームを生み出し、脂質の代謝経路を復活させると考えられる。CADsの取り込みがストップすれば、新しいリソソームは細胞内での代謝を再開する。従って、ホスホリピドーシスは前に述べたニーマン・ピック病のような遺伝的に脂質の分解酵素の欠損あるいは異常で起こるリソソーム蓄積症と比較して、ある程度可逆的であると考えられる。

アルカロイドはアミンを含む植物成分の総称である。モルヒネ、アトロピン、エフェドリンなど生体に対して著しい作用を示すものが多い。アルカロイドの中でその化学構造に疎水性部位があればCADsということになるが、生体もその扱いには慎重な対応が必要と考えられる。一方、肝臓や腎臓の細胞質には構成アミノ酸の1/3がシステインから成るメタロチオネインというタンパク質が存在する。メタロチオネインのSH基には金属イオンが結合した状態で存在し、重金属の毒性を軽減する生体防御タンパク質ととらえられている。リン脂質症はアルカロイドに対する生体防御機構と考えることが出来るかもしれない。

参考文献

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