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谷学発!常識と非常識 第83話 生物の起源と進化⑬
――ヒトの進化の謎(1)

進化シリーズの最後は、ヒトを他の動物、特に類人猿と比較した場合の相違点を12項目選び、それらがどのように進化したかを考察します。今回は身体的特徴の進化を5つ取り上げます。

1.直立二足歩行

約700万年前、チンパンジーに似た類人猿の1集団が熱帯雨林を離れ、周辺のサバンナ(草原)地帯に進出したとき、ヒトの進化が始まったと考えられています(※1)。サバンナに進出した直後のヒトは、チンパンジーと同様に、ひざを曲げ、手を地面につけて歩いていたと考えられます。ヒトがその後、直立二足歩行をするように進化しなければ、ヒトはいつまでも類人猿のままであったと思われます。その意味で、直立二足歩行は、ヒトの進化の最初の一歩でした。

京都大学の国際共同研究チームは、ヒトの直立二足歩行の起源を探るために、チンパンジーを使った実験を行いました。かれらが好む食料を通常の居場所から遠いところに置くと、彼らは可能な限り多くの食料を持ち帰ろうとして、二足歩行の割合が増えました。この結果から、ヒトの先祖がサバンナの地上生活に移行したことで、食料を求めて移動する距離が広がり、また食物を持ち帰るための二足歩行の機会が増えたために直立二足歩行が進化したと考えられます(※2)

一方、更科功氏は二足歩行を一夫一婦制と関係付けました。サバンナに進出した類人猿のあるグループに、一夫一婦関係のペアが発生し、夫が妻子に食料を持ち帰るようになったことが人類の起源になったと考えたのです(※1)。その理由は、夫が妻子に食料を持ち帰ることには以下のような多大な利点があり、それらが総合的に直立二足歩行の進化を推進したと考えられたからです:①子育て中のメスが危険な食料探しから開放され、母子ともに生存率が高まる。②学習能力がある子供がその親を真似て一夫一婦制が群れの中で広がる可能性がある。③一夫一婦制が広まったグループでは、オス同士が配偶相手を巡って闘う必要がなくなり、全てのオスが子孫を残す可能性が高くなる。④その結果、集団内部の個体変異がより多様化し、そのグループ内の進化が加速される。⑤立ち上がることで高い視点から周囲を見回すことで危険を早く回避でき、生存率が高まる。⑥直立二足歩行により足の振り出しが振り子運動になり、エネルギー消費が減って長時間歩行能力が高まる。⑦暑い地面から頭が離れ、熱さに耐えやすくなる。⑧手足の可動範囲が大きくなった結果、水泳や潜水が容易になり、川や海岸での食料採取に有利になる、⑨歩くことから両手が開放され、道具や武器の使用が可能になる(※1)

2.体毛の退化

ヒトを「ハダカのサル」と呼んだのはデズモンド・モリスでした(※3)。ヒトの体毛が頭髪など一部を除き退化した理由には種々の仮説があります。例えば、密林から熱帯のサバンナに進出したときの人類の祖先が、狩りの際に獲物を追跡したり、天敵から逃げるときに長距離を走る必要があり、体温の過度の上昇を防ぐために体毛が退化し、汗腺が発達したという仮説があります。また、ヒトが海岸で進化したと考え、泳ぐのに邪魔な体毛を失った、との仮説もあります(※4)。しかし、草食動物は長距離を走ることも多いのに体毛を失っておらず、また水中生活が長いアザラシ、ラッコ、カワウソなども体毛を失っていないことから、両説ともに説得力に欠けます。また、これらの仮説では野外活動が男性よりも少ない筈の女性の方が体毛の退化が著しいことが説明できません。ダーウインは『人類の起源』に、ヒトが体毛を失った理由を異性の美的感覚のような「好み」によって、継続的に体毛が薄い異性が選択された結果起きた進化、すなわち、性選択仮説で説明しており、このダーウインの仮説に勝る説明はなさそうです(第78話参照)。

3.犬歯の退化

肉食獣やヒト以外の類人猿は発達した犬歯を持ち、闘争時に相手の首などの急所に噛みつけば致命傷を負わせることもできます。ネコ科の動物は丸顔のため、オオカミのような尖った口を持つ肉食獣と比較すると、犬歯の利用にやや不利ですが、犬歯に加えて鋭い爪が武器に使えます。

ところがヒトは、これらの身体に備わった武器類を持ちません。ヒトの犬歯が退化した理由には、少なくとも以下の3つが考えられます:①直立二足歩行により、ヒトが他の動物に噛みつくことが難しくなり、発達した犬歯を持つ意義が薄れた。②ヒトは武器を持って戦うことが普通になり、不要になった犬歯が退化した。③犬歯が目立つヒトは異性に嫌われ、性選択の結果、犬歯が退化した。

4.大脳の巨大化

ヒトが脳を使って道具や武器を製作・使用したこと、及び言語の発達が脳を巨大化させたと考えられます。ヒトの脳が巨大化するためにはいくつかの好条件が重なったと考えられますが、その一つに直立二足歩行があります。大きな脳が入った重い頭蓋骨を支えるには、頭蓋骨を真下から支えられる直立二足歩行が有利であったとの仮説があります。また、化石の研究によれば、ヒトの脳が急に大きくなったのは200-300万年前頃からで、その時期はヒトが槍を持って動物を狩り始めた時期と重なることから、ヒトが狩猟で得た肉からタンパク質や脂肪を多く摂取するようになったことが脳を大きくしたという仮説もあります(※4)

ヒトの進化の過程で、幼形成熟(ネオテニー:幼児の体型のまま成熟すること)が起こったことが脳の巨大化をもたらしたという仮説があります(※5)。状況証拠はヒトの身長と頭の大きさの比率がチンパンジーの幼児の比率に近いことです。また、動物の幼児だけに認められる強い好奇心が、ヒトでは生涯を通じて認められることも、ヒトにネオテニーが起こった証拠でしょう。

更に、7万年前に大脳前頭葉皮質の発達期間を延長させるような突然変異が起こったことが脳の巨大化をもたらした、という仮説もあります(※6)

5.寿命の延長

哺乳動物は一般に、体が大きく体重が重いほど寿命が長くなります。最長寿命を比較すると、最も長命なシロナガスクジラは約110年、次がアフリカゾウで60-70年、ウシやウマは20-30年、イヌやネコは15-20年、ネズミは2-3年です(※7)。この「法則」をヒトに適用すると、最長寿命は30年以下になるはずですが、実際は約120年と、予測の約4倍で、哺乳類では最長です。

動物の一生を、成長期、生殖期、後生殖期の3期に分けると、ヒト以外の哺乳類の後生殖期は概して寿命の約1割ですが、ヒトは生涯の40-60%が後生殖期で、他の類人猿の4倍以上です(※8)。また、ヒトは成長期も長いのが特徴です。草食動物の多くが生まれ落ちた直後に立ち上がリ、すぐに母親を追いかけるのに対し、ヒトが歩くまでには約1年かかります。また、生殖可能になる年齢は、ウマは約2年、イヌは約1年、ネズミは約8週間ですが、ヒトは十数年かかります。ヒトの成長期が長い理由も、ネオテニーの結果と考えられます。

ヒトの後生殖期が長い理由は、ヒトの育児や教育期間が15~20年と長いため、その間親が生きている必要があること、またヒトは難産なので、母親が娘の出産を介助し、ついでに孫の子育てまで援助できるように進化したという、いわゆる「おばあさん仮説」があります(※8)。ヒトの長い後生殖期は、ヒトの文化の継承・発展に役立ったと考えられます。

(第84話に続く)

(馬屋原 宏)

引用文献

  • 1)更科功:『進化論はいかに進化したか』新潮選書(2019)
  • 2)松沢哲郎ら:http://www.kyoto-u.ac.jp/static/ja/news_data/h/h1/news6/2011/120320_2.htm
  • 3)デズモンド・モリス:『裸のサル―動物学的人間像』、日高敏隆訳、河出書房新社(1969)
  • 4)National Geographic: https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/091700262/
  • 5)馬場正博:https://www.gixo.jp/blog/4174/
  • 6)WIRED: https://wired.jp/2019/09/01/recursive-language-and-imagination/
  • 7)更科功:https://gendai.ismedia.jp/articles/-/60283
  • 8)戸川達夫: https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieiceissjournal/16/1/16_20/_pdf