谷学発!常識と非常識  第35話  玉子を食べすぎると動脈硬化になるか?

(文献1より引用)

   「玉子を食べすぎると動脈硬化になる」というのは長年の「常識」でした。実際、玉子のコレステロール含量はかなり高く、水分含量の低い干物を除けば、重量当たりのコレステロール含量が玉子より高い食物はフォアグラぐらいです。フォアグラの食べ過ぎに悩む人は少ないでしょうが、玉子を敬遠している人は多いはずです。ところが最近「玉子を何個食べても問題ない」といった情報が飛び交っています。この情報が信頼できるものか調べてみました。

1.玉子の安全性をめぐる日米の行政の動き

   玉子の安全性に関する情報は2015年に集中しています。その理由は、日米の行政の動きにあります。2015年3月、厚生労働省は「日本人の食事摂取基準(2015年版)」を発表しました(※2)。注目すべきは、前回(5年前)の基準ではコレステロール摂取上限量を「30歳以上の男性は1日750ミリグラム、女性は同600ミリグラム」と定めていました。ちなみにこの750ミリグラムとは、Lサイズの玉子3個分のコレステロールの含量に相当します。しかし今回は上限値の記載は削除されました。「目標量を算定するのに十分な科学的根拠が得られなかった」というのがその理由でした。
   一方、米国の「食生活指針諮問委員会」が2015年1月付で米保健福祉省と農務省に提出した報告書(2016年通知)にも同様の動きがありました。過去の通知では「コレステロールの摂取量は1日当たり300ミリグラム以下が望ましい」と記載されていたのが、今回この数値が削除されたのです。理由は入手可能な科学的証拠からはコレステロールの摂取量と血中コレステロール値についての関係性が示されなかったため、「コレステロールは過剰摂取が心配される栄養素ではない」と結論されたためでした。こうして「コレステロール含量の高い食物を食べすぎると動脈硬化になる」という100年以上も続いた「常識」は、2015年に日米双方の当局によって否定されました。行政によるこれらの動きを捉えて、マスコミは早速、「コレステロール制限 実は必要なかった!」などと報道しました。

2.日本動脈硬化学会の声明

   このような動きに対して、日本動脈硬化学会は早速、2015年5月に次のように警告しました:「日本動脈硬化学会も健常者の脂質摂取に関わるこの記載に賛同している。ただしこのことが高LDLコレステロール血症患者にも当てはまる訳ではないことに注意する必要がある。」(※3)
   つまり動脈硬化学会は、新基準が健常者に限定されたものであり、高LDLコレステロール血症のヒトには該当しないというのです。ではコレステロール値が境界値付近の者や、健康でもメタボリック・シンドローム気味の者はどうすればよいのでしょうか?

3.タマゴの食べ過ぎは動脈硬化になるという常識の起源

   「タマゴ科学研究会」という学術団体が、「卵とコレステロール ― 科学的根拠に基づいた知見」 と題した論文を公開しています(※4)。この論文は引用文献が豊富で信頼性が高いと思われます。この論文の中に、「玉子を食べすぎると動脈硬化になる」という常識ができた経緯が解説されています。ロシアのアニスコフ(Anitschkow NN)らが1913年に発表したウサギを使った実験では、ウサギに大量のコレステロールを摂取させたところ、アテローム性動脈硬化(注:動脈壁に脂質や結合組織等が蓄積して斑状に膨らむタイプの動脈硬化)を発症したことから、「コレステロール摂取は動脈硬化の原因になる」という学説が定着しました。しかしウサギは草食動物であり、草にはコレステロールがほとんど含まれていないので、ウサギは餌由来の大量のコレステロールに対する十分な調節機能がないために、簡単に動脈硬化を起こした可能性が高いと考えられます。

4.玉子を食べると血中コレステロールが増加するか?

   文献4には、豊富な引用文献を挙げて以下のことが書かれています:
   ①日本人のコレステロール摂取量は男女とも米国や英国よりも多い。
   ②食品からのコレステロール摂取量と血中総コレステロール濃度には相関がない。
   ③血中コレステロール濃度と密接な関係があるのは、むしろ飽和脂肪酸摂取量である。
   ④不飽和脂肪酸の1種であるトランス脂肪酸は、LDL(悪玉)コレステロール濃度を上昇させるだけでなく、HDL(善玉)コレステロール濃度を低下させる。
   ⑤ただし脂質異常症の患者の中には、コレステロールの摂取によって病態が悪化する者もいる。

6.玉子を食べるとメタボリック・シンドロームは悪化するか?

   メタボリック・シンドローム気味で玉子好きの人にとって以下の情報は朗報でしょう(※4):
   ①肥満度(BMI)が 25 以上の米国人肥満女性(25~60歳)を対象にした研究では、朝食に玉子を取り入れることで昼食の摂取エネルギー量が低下した。これは一般にタンパク質が満腹感を増大させることによって食物摂取量を抑制する効果があるためと考えられる。
   ②米国で肥満者を含む大学の新入学生73人を対象に、朝、毎日玉子2個相当を食べる群と、玉子を食べない群で、14週間後に体重などの変化を比較した研究では、体重及び血中中性脂肪、コレステロール濃度の値に両群間で有意な差は見られなかった。
   ③メタボリック・シンドロームのアメリカ人男女40人を対象に、12週間にわたって、毎日玉子を3個摂取すると共に、そのカロリー相当分の糖質制限を行ったところ、インスリン抵抗性とアテローム性の脂質異常症の指標が改善された。
   ④またBMIが25~37の肥満アメリカ人男性31人(40~70歳)を、同じく糖質制限を行いながら、1日に玉子 3個を摂取する群と、コレステロールを含まない代替品(ロールパン)を摂取する群に分けて、12 週間後に比較検討した研究では、玉子3個の摂取群でHDL(善玉)コレステロール濃度が上昇したが、代替品の摂取群では変化は見られなかった。また両群の LDLコレステロール/HDLコレステロール比には有意差が認められなかった。さらに、玉子摂取群では試験前後で体重が有意に減少した。
   以上をまとめると、玉子を1日に3個程度食べても健常者が肥満になることはなく、また、メタボリック・シンドロームの人の肥満が助長される、あるいは病態が悪化することは確認されていません。したがって明白な脂質代謝異常症でなければ、1日3個ぐらいまでは玉子を食べても問題ないようです。しかも玉子相当分の糖質制限をすれば肥満の改善も期待できます。

(馬屋原 宏)

1)Dr.Walletナビ: https://www.drwallet.jp/navi/4669/
2)厚生労働省:http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000114399.pdf
3)日本動脈硬化学会:http://www.j-athero.org/outline/cholesterol_150501.html
4)タマゴ科学研究会:http://japaneggscience.com/information/pdf/eggandcholesterol.pdf